フナフナベイベ

徒然に一人語る読書感想文。 雑食ですが趣味嗜好はかなり偏っておりますのでご注意を。

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2007-05-29-Tue-21-37

雨はコーラがのめない

雨はコーラがのめない/江國香織/大和書房

江國香織のエッセイ集。
タイトルがとても印象的ですが、雨というのは江國香織が買っている犬の名前。このネーミングセンスがとても江國香織的だなあと思います。

この本はその「雨」と、音楽(洋楽率高し)にまつわる江國香織のごく身近な日常のことが中心に綴られていますが、今回は飼い犬と音楽、というテーマがあるだけに、今までの他のエッセイ集と少々趣きが異なっています。

飼い犬と音楽、と書きましたが、全31章中、音楽のない章はあっても雨が登場しない章はありませんでした。もうこれだけで江國香織の生活をどれだけ雨が占めているか、というのが想像されます。
それは文章を読むとますます明らかで、「江國ったらこんなに飼い犬に思い入れちゃって、もしものことがあったらペットロスになるんじゃないだろうか」なんて余計な心配をしてしまうほど。

それまで何者にも寄らず、いつまでも自由気ままで繊細な子供のような大人だった江國香織が「えええペット自慢?」かと思って、一瞬残念なような気がしてしまったのですが、そこはやっぱり江國香織。
読みすすめるうちに「雨のすばらしさ」や「雨との楽しい生活」という内容だったのが、最後には「永遠に理解しあえない存在である私たち、でもだからこそ面白い」というふうになっていきます。

犬を飼う女で、
小説家で、
夫の妻で、
母の娘で、
妹の姉である自分。

でも雨の目には自分は自分でしか見えていないだろう。
雨はどんな関係性とも無縁で、それはとても健やかなこと。
江國香織はそれがとても心地いいことだと語ります。
自分が自分のままでいること、何者にも属していない自分であること。
生きていく上で、さまざまなしがらみとは無関係でいられません。だからこそ何の肩書きもない自分を自分として認識してくれる雨の存在が、かけがえのないものなのでしょう。それは犬を飼ったことのない自分でも想像できそうな気がします。
でもそんなに唯一無二の「雨」だけれども、江國香織が雨のことを完全に理解できる日はやってこない。それは当然逆もまたしかり。
「永遠に、絶対に、わからないのだ」と、本人も言うくらいに。
お互いを認め合っていて大事な存在で心をゆだねているのだけれども、それでも一人と一匹の間には確かに「絶対的な隔たり」が存在しているのです。

これがただのペットエッセイになってしまわずに、たしかに江國香織のエッセイであるなあと思わせてくれるのはこういうところ。

どんなに自由で幸せなことを語っていても、どこか脆い部分やさびしいところが残っているのが私的江國香織。孤独でさびしいことがあっても、でもそれも悪くないんだよと言われているような気がするんです。

雨はコーラがのめない 雨はコーラがのめない
江國 香織 (2004/05)
大和書房

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