フナフナベイベ

徒然に一人語る読書感想文。 雑食ですが趣味嗜好はかなり偏っておりますのでご注意を。

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2010-10-30-Sat-11-53

逝きし世の面影

逝きし世の面影/渡辺京二/平凡社ライブラリー

珍しく買ってしまいました。
発作的に・・・高かったですが、楽しんで読めたし、まあいいかな。

タイトルの『逝きし世』というのは、かつてこの世に存在した『日本』という国のこと。
今現在私たちが住んでいる『日本』とは似て非なる、「諸外国の文明文化に晒される以前の前近代日本」、だそうです。
作者が主張しているのは、それはたんに「かつての日本」なのではなく、すでにこの世から消滅してしまった「文明としての日本」という点。
「文化は滅びないし、ある民族の特性も滅びはしない。それらはただ変容するだけだ。滅びるのは文明である」と文中で言及しているように、かつてこの世にあったはずの、訪れる外国人を魅了してやまなかった『日本』という国の、「すでに滅んでしまった文明」がこの本の主題です。

というわけで、本作は前提として「もはや取り返しはつかない」というところから始まっているんですね。
「昔の日本はこんなに素晴らしかったんだ」、「だから昔の日本に戻りましょう」という保守的なメッセージがあるわけではない。
ある種のパラダイスとさえ言われていた『日本』はもはやこの世には存在せず、そして今を生きる日本人はすでにかつての日本人とは別個の文明の人々だからです。

この本では、江戸末期から明治にかけて日本を訪れた外国人の視点が多く語られます。
某国の大使として訪れた人から個人的旅行者までの日記や書き残した記事を多く引用して、かつての『日本』が語られるわけです。
もちろんその中には日本色に染まってしまった日本びいきの外国人もいれば、仕事だから仕方なく来訪しただけの日本嫌いもいるわけで、さまざまな日本観があります。
作者はそれらの両方に目を通し、その両者がともに見たであろう『かつての日本』、『かつての日本人』の姿を私たちの目の前に描いてみせるのです。

まるで子供のようだけど、愛すべき資質をもつ人々。
それは確かに今の私たちとは全く違う文明の人々なのだと思えました。

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)
(2005/09)
渡辺 京二

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学術書なのかなー・・・と思っていましたが、案外サラッと読めました。
作者は在野の思想史家なのだそう。だからなのかな。
自分が今大学生で、また卒論を書かなくてはならない状況だったのなら、こういうテーマで書くのも面白いだろうなーと思いました。

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