フナフナベイベ

徒然に一人語る読書感想文。 雑食ですが趣味嗜好はかなり偏っておりますのでご注意を。

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2009-08-13-Thu-23-23

倒立する塔の殺人

倒立する塔の殺人/皆川博子/理論社

図書館で、一般文芸書とは別コーナーに設けてある「ヤングコーナー」で発見し、喜びいさんで借りてみた一冊。
ずっと気になってたんですよー、だって皆川博子の学園モノ(?)ですよ!最強!
しかしタイトルからはまったくどんな中身なのか分からない(表紙イラストもまたそれを助長している)本ですね・・・それもまたヨシ、ですが。


戦争が終わった。
疎開していったもの、空襲で死んだもの、生きているのやら死んだのやら分からぬものも多い中、母と妹を亡くした女学生・阿部欣子は、焼けた母校近くのミッションスクールに登校した。校舎を焼失した都立女学校は、近くのミッションスクールに間借りをする形で授業を再開したのだ。
戦時下の時は熱烈な軍国主義者だった教師が、得意顔で共産党員だと名乗る。
あれほど高圧的だった大人たちが、手の平を返したように「民主主義」第一という。
それを素直には受け入れがたい欣子に、同級生の三輪小枝がそっと本を差し出してきた。「読んでほしいものがある」という小枝の言葉を受け、欣子はそれを読み始める。
それはただの本ではなく、綺麗に装丁されたノートに書き込まれた手記だった。それも、複数の人間の。
蔓薔薇模様の囲みの中には、謎めいたタイトルがあった。
『倒立する塔の殺人』。
少女たちの間で流行した、物語の回し書き。
交錯する手記と、それぞれの手になる物語。
不気味な存在・久仁子、魅力的な上級生・律子とその友人・杏子、その二人に憧れる少女・小枝・・・そしてそれを読む欣子。
戦時下という特殊な状況でも少女たちの思いは、やはり少女たちのものである。
思いのたけを綴ったノートには、本当の声が記される。
だからこそ、そこには真実が記されているはずなのだ。
一人の少女が死んだ、その謎だらけの理由でさえも・・・。


というわけで、皆川博子による女学園ミステリです!
もうこの設定だけで食いつきますね。しかも舞台は戦時中(戦時後直後)という・・・ああ、好みすぎです。
戦争中という浪漫とは間逆の世界でもなお、少女たちには少女たちのコミュニティがあり、精神世界があったようです。いや、「だからこそ」かな?そうでなければ、生きていけなかったのかも。
少女たちによる別世界のような女学園風景と並んで描かれる戦時下のエピソードは冷静なだけにひどく恐ろしくて、死と日常が隣り合わせだったという事実をはっきりと突きつけられます。
皆川さんは1929年生まれらしいので、まさにリアルタイム世代なんですね。少なからず自分の経験が反映されていると思うんですけど、そう思うとなおさらリアルで、この時代の恐ろしさにほんとに怖くなりました。
戦時中の描写も怖いんですけど、ひたひたと忍び寄るような作中作もまた怖かった。
実はちょっと酒の入った状態で読み終えたのですが、そのせいでしょうか、必要以上にこの物語が恐ろしくなってしまって・・・狂気と紙一重で精神の均衡を保っているような危うさ、とでも言えばいいのでしょうか。それもまた皆川作品の魅力なんですが。

皆川博子による皆川博子らしい学園ものです。
死と狂気と浪漫と美学、そして謎。
そう、これはあくまでミステリなんですけど、でもやっぱり幻想小説でもあるし、少女小説でもあるんです。
だからといって「ヤングコーナー」に置くべき本かどうかははなはだ疑問ですけどね。普通に一般文芸の皆川さんのコーナーにも置くべきだと思うなあ。

いや、面白かったです。
皆川ファンなら是非。それでなくとも、「戦時中の女学校」「エス」「少女たちによる少女たちのコミュニティ」というのに興味のある方なら、面白く読めるんじゃないかなー。
でもこういう趣味に走りまくった作品でもやっぱりミステリとしての体裁を保っているあたり、やっぱり皆川さんて基本はミステリの人なんだなあ・・・(と、思ったんですけど、調べたらデビューは児童文学なんですね。意外すぎる)。
ミステリとしては突っ込みたくなる箇所もありますが、それをはるかに超える雰囲気が何も言わせなくなってます。皆川クオリティ!

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(2007/11)
皆川 博子

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最後の最後、戦争の終わった東京でたくましく暮らしはじめる決意をする欣子が、空襲で亡くなった仲良しの同級生・季子について思う箇所でちょっとじんときました。どんと構えた現実主義者っぽい欣子の心に、ふとよぎるのは、可愛らしい同級生・小枝ではなく、やっぱりあだ名で呼び合うコンビだった季子のことなんだなーと・・・。
語られなかったけど、季子が亡くなったと聞いたとき、それはそれは欣子は悲しんだのだろうとか。
全然作中には関係のない存在なんですけどね。ひょっとしたら皆川さんは、実際に亡くした友人のことを思いながらこのキャラクターをふっと登場させたのかな?なんて思いました。
うん、もしからしたら嫌われ者の読書少女・設楽久仁子が作者の投影だったりして・・・?

退廃浪漫で放りっぱなしにするんじゃなくて、欣子というしっかり者のキャラクターを語り手にすることで、最後も明るくなったと思います。
このさじ加減が、上手いなあ、と思わされました。

『設楽久仁子と上月律子、そしてわたしには、共通したところがある。わたしたちは、切り花なのだ。空想・・・あるいは物語・・・という水を養いにしなくては枯れ果ててしまう。しかも、その水には、毒が溶けていなくてはならない。毒がわたしたちの養分なのだ。
阿部さん、あなたは違う。あなたは、日常の生活という大地にがっしりと根をのばし、健全な栄養を得ている』

これは小枝による手記の部分ですが、なんとなく共感してしまいました。
たぶん世の中には、物語を必要とする人と、必要としない人の二種類がいるんです。
どちらが立派というわけではないけど、たぶん、そうなんだろうな。

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