フナフナベイベ

徒然に一人語る読書感想文。 雑食ですが趣味嗜好はかなり偏っておりますのでご注意を。

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2008-03-16-Sun-21-03

ほかに誰がいる

ほかに誰がいる/朝倉かすみ/幻冬舎

16才のある日、えりは彼女に出会った。
駅のホームで見ただけの彼女。
一瞬視線があっただけの彼女。
その日その時から、えりの世界の中心は彼女になった。いや、彼女そのものがえりの世界になったのだ。
彼女の制服から同じ学校の生徒であると割り出したえりは、その後着々と彼女の名前、連絡先を入手していく。そして彼女と近い存在になれるように、自分が考える限りの努力をする。それは例えばクオーターの彼女に近い肌色になるために赤く腫れるまで日焼けしたり、ノートに繰り返し彼女の名前を書き続けたり、雨の日も風の強い日も休むことなく彼女の家の近くまで自転車で走ったり。
偏執的なまでの努力はしかし、すなわちえりの喜びでもあった。
やがてえりは彼女に「天鵞絨」というあだ名をつける。柔らかな響きの声をもつ彼女にぴったりの名前。

努力の甲斐あって、えりと天鵞絨はやがて自他共に認める親友になった。
天鵞絨が喜ぶように、楽しいように、望むように振舞うえり。そうすると天鵞絨はえりのことを好きだと言ってくれる。親友だと。でもそれだけではもうえりは満足できなかった。
もっともっと近くなくては、もっともっと重なりあうくらいに、もっともっとひとつになれるように。
しかしそんな幸せでいびつな日々も簡単に終わりを告げる。
好きな人が出来たの、という、天鵞絨の無邪気な一言によって。

という、恋というにはあまりにも激しくて暗くて恐ろしい「ひとめぼれ」の物語です。
えりの目には最初から最後まで天鵞絨しか映っていませんが、それはもはや「賀集玲子」という名の人間ではなく、えりの心の中にしか存在しない、賀集玲子の形をした「天鵞絨」という絶対的存在なのかもしれません。
タイトルが総てを物語っています。

16才で天鵞絨に出会うまで、えりの世界には何者もいなかった。
そして16才で出会ってからは、えりの世界には天鵞絨しかいなかった。
天鵞絨しかいない、天鵞絨しかいない、ほかに誰がいる?誰がいるというのだ?

・・・という。
乙女とは思い込みで暴走できる生き物だ、といったのは誰でしたっけ。
その定義によるならば、これは近年まれに見る乙女小説だと思います。
電波なまでの一方通行思い込み恋物語なのに、でもどうしてか、切ない純愛物語を読んだような気がするのです・・・・

ほかに誰がいるほかに誰がいる
(2006/09)
朝倉 かすみ

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自分以外の存在が自分の世界の中心になってしまう、そんな感情に襲われることって、本人は大変なのかもしれないけれど、それほどの存在に出会えたってことは、やっぱりひとつの奇跡といっていいのでは。激情と言うほどの、そんな激しい感情に襲われてみたいものだわ、と、思ったりもします。実は。

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