フナフナベイベ

徒然に一人語る読書感想文。 雑食ですが趣味嗜好はかなり偏っておりますのでご注意を。

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2007-05-30-Wed-18-47

アニメバトン

ネタがない時にはとりあえずバトン。
ゆうべ「アニメギガ」も見たことだし、アニメバトンいってみたいと思います。

元々アニメ好きだった私が明らかに「アニメオタク」になったのは小学6年生。専門誌買っちゃったらもう素人とはいえますまい。それから中学3年間は漫画より小説よりアニメが好きでしたね・・・
高校生になっても好きでしたが、それまでのように「片っ端から」ではなくて「選んで見る」ようになりました。
その後大学入学を機にめっきり見ることはなくなり(寮に入ったのが大きな原因だと思います)、てっきり「抜けたかな?」と思ったのですが、何故かここ1、2年でまたアニメへの愛が復活してきました。
何年ブランクがあろうとも、オタクは一生オタクです。

ではではバトンに参りましょう。
語りだしたら止まらないので、興味のない方はスルーすることをオススメしますよ。


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2007-05-29-Tue-21-37

雨はコーラがのめない

雨はコーラがのめない/江國香織/大和書房

江國香織のエッセイ集。
タイトルがとても印象的ですが、雨というのは江國香織が買っている犬の名前。このネーミングセンスがとても江國香織的だなあと思います。

この本はその「雨」と、音楽(洋楽率高し)にまつわる江國香織のごく身近な日常のことが中心に綴られていますが、今回は飼い犬と音楽、というテーマがあるだけに、今までの他のエッセイ集と少々趣きが異なっています。

飼い犬と音楽、と書きましたが、全31章中、音楽のない章はあっても雨が登場しない章はありませんでした。もうこれだけで江國香織の生活をどれだけ雨が占めているか、というのが想像されます。
それは文章を読むとますます明らかで、「江國ったらこんなに飼い犬に思い入れちゃって、もしものことがあったらペットロスになるんじゃないだろうか」なんて余計な心配をしてしまうほど。

それまで何者にも寄らず、いつまでも自由気ままで繊細な子供のような大人だった江國香織が「えええペット自慢?」かと思って、一瞬残念なような気がしてしまったのですが、そこはやっぱり江國香織。
読みすすめるうちに「雨のすばらしさ」や「雨との楽しい生活」という内容だったのが、最後には「永遠に理解しあえない存在である私たち、でもだからこそ面白い」というふうになっていきます。

犬を飼う女で、
小説家で、
夫の妻で、
母の娘で、
妹の姉である自分。

でも雨の目には自分は自分でしか見えていないだろう。
雨はどんな関係性とも無縁で、それはとても健やかなこと。
江國香織はそれがとても心地いいことだと語ります。
自分が自分のままでいること、何者にも属していない自分であること。
生きていく上で、さまざまなしがらみとは無関係でいられません。だからこそ何の肩書きもない自分を自分として認識してくれる雨の存在が、かけがえのないものなのでしょう。それは犬を飼ったことのない自分でも想像できそうな気がします。
でもそんなに唯一無二の「雨」だけれども、江國香織が雨のことを完全に理解できる日はやってこない。それは当然逆もまたしかり。
「永遠に、絶対に、わからないのだ」と、本人も言うくらいに。
お互いを認め合っていて大事な存在で心をゆだねているのだけれども、それでも一人と一匹の間には確かに「絶対的な隔たり」が存在しているのです。

これがただのペットエッセイになってしまわずに、たしかに江國香織のエッセイであるなあと思わせてくれるのはこういうところ。

どんなに自由で幸せなことを語っていても、どこか脆い部分やさびしいところが残っているのが私的江國香織。孤独でさびしいことがあっても、でもそれも悪くないんだよと言われているような気がするんです。

雨はコーラがのめない 雨はコーラがのめない
江國 香織 (2004/05)
大和書房

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2007-05-27-Sun-23-07

ほへと生年月日占い

血液型とか星座、ラッキーカラーなどは「へそが茶を沸かすぜ!」と思っているくせに、こういうのはどうもやってしまう自分がいるのです。ま、お遊びですからね。

ほへと生年月日占い」って、メジャーなんですか?
もう流行りは終わったのでしょうか。
私は今日はじめて耳にして、早速やってみたのですが・・・・うーん、なかなか言い当てられた気分です。身に覚えがありすぎて、痛いくらいですね。はっは。

以下、診断結果。我ながら笑えます。


・基本性格
不思議な性格の持ち主です。
やさしいけどナルシストでエゴイスト。
常識的な振る舞いの奥に幼児っぽいところがある
自我や本能が薄いため、影が薄い(人間果汁が30%未満)。

・人間関係
人間関係どころか基本的にすべてが煩わしいところがある。
人に干渉したりはしませんが、困っている人は放っとけません。
本当の自分を出すのが苦手。
自分を引っ張ってくれる人を大切に。

・生活
低血圧、夜型の人が多い
生活が不規則になりやすい。
引きこもりぎみ、現実逃避に注意。

・金運
金銭感覚は無い。
金運は低くはないが。
貯金などは少ない物欲を絞り出して、今何が欲しいのか忘れないように。

この世に意識をフォーカスするのが苦手な性質。気がつけばあっちに行っているので注意。しっかり現実を見てね。地球の文化についていけていない感じは否めない。

現実的な考えと会議室的、理想的な考えが、バラバラ、考えている理想と実際の行動にギャップが発生しやすい。



以上。
これとこの前の「非コミュ指数」を照らし合わせたら、私、とことん引きこもり気味のオタク性質なんですね。まあ自覚はありますが、こうも言い当てられると、なんだかなぁ。

「ナルシストでエゴイスト」
確かに。
自意識過剰のわがままものってことですね。

「人間関係どころか基本的にすべてが煩わしい」
確かに。
生きてることすら煩わしいと思ってます。

「ひきこもり気味、現実逃避に注意」
逃避しちゃいけませんか?

「気がつけばあっちに行っている」
昔は小学生の頃から、最近では一昨日そう言われました。

そういえばかつて一世を風靡した「動物占い」でも、全動物中唯一の架空の生き物である「ペガサス」で、その性質は「奇妙」だと言い当てられたことがあります・・・・
本当に、とことん、私ってやつは・・・・

あ、こんな占いです。
もし試されたことのない方がいらっしゃいましたら、一度お試しあれ。
なかなか当たるかもですよ。
2007-05-26-Sat-23-26

葉桜の季節に君を想うということ

葉桜の季節に君を想うということ/歌野晶牛/文春文庫

「騙される」話らしい、ということは前々から知っていて、文庫落ちを楽しみにしていた本書。楽しみに楽しみに読みました。
そして、ええ、確かに「騙され」ましたとも。

主人公はなんでも屋の独身男・成瀬。運命の女を見つけることを目標に、ある時は警備員、またある時はパソコン教室の講師と、様々な職をこなしながら日々を生きている。
そんなある日、成瀬は同じジムに通う久高愛子から、ある調べ物を頼まれる。それは愛子の家の祖父が死亡した交通事故は、とある企業が意図的にしくんだ事故ではないかというものだった。
その昔探偵事務所の小僧であった経験だけを頼りに、事実関係の調査にのりだす成瀬。
果たして成瀬の探偵調査の行方は?悪徳企業の実態を暴くことはできるのか、そして成瀬の人生の目標であるところの運命の女との遭遇は?

というお話。
文庫の帯が気張ってます、「これが現代ミステリーのベスト1です」ですって。まあミステリ賞を四つもとれば強気にもなるってもんでしょう。
で、キモであるところのトリックなのですが、「ほうほうそうきたか~!」という印象でした。
こういう手口は大好きなんですよ。物語の前提が覆されるというか、ダイナミックなどんでん返しというか・・・・ううん、何をいってもネタバレですね。

でもまあしかし、なんとなーく「登場人物像がつかみにくいなあ」と思いながら読んでいた私の勘は当たっていたわけで、それは決して筆足らずなわけではなく、作者の「技」だったわけです。
はじめから「すごいトリックがあるらしい」ということを知っていたために、読み進めながら過去のミステリトリックに照らし合わせながらよんでいたのですが、それでも最後まで見破ることはできませんでした。
だから確かにミステリとしては成功しているのでしょう。(でもこれについては賛否両論あるみたいです)
この手のトリックが好きな私としてはこれは「アリ」だったのですが、まあ若干無理矢理感を感じたことも事実。
もっとも私が引っかかってしまったのは本筋の部分ではなく、キャラクターの方かな。誰にも感情移入できないままに話が終わってしまいました。どうもハードボイルドキャラ(を気取ったようなキャラ)は苦手でして・・・・

まあ十分楽しませてもらいましたが、「現代ミステリのベスト1」とまではいかないかな、というのが正直な感想です。


葉桜の季節に君を想うということ 葉桜の季節に君を想うということ
歌野 晶午 (2007/05)
文藝春秋

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2007-05-23-Wed-22-39

アナ・トレントの鞄

アナ・トレントの鞄/クラフト・エヴィング商會/新潮社

クラフト・エヴィング商會による、極めてクラフト・エヴィング商會的な一冊。

商會の主が仕入れの旅に出かけ(ロマンだ!)、行く先々で仕入れてきた不思議な品物の数々。それらが、実に魅力的な紹介文と写真で語られます。『どこかにいってしまったものたち』と、まあ、同じ形式ですね。
それにしてもいつものことながら、どこからこういうのを思いつくのだろう、と唸ってしまう素敵さ&ユーモアです。うーん、いいなあ。
ちなみに私が「欲しい!」と思ったものものは、

「携帯用シガレット・ムービー」
タバコ型映画再生機(吸うだけで脳内上映される!)

「おかしなレシピ」
<懐かしい夜のほのぼのした牛乳の沸かし方>・・・知りたい!でも私に必要なのは<ひとりぼっちだけれど、クリスマスなので鶏の丸焼きをどうしても食べたい人のための前向きなレシピ>か?

「ARROW THROUGH ME」
心臓をつらぬく見えない矢。いつでもどこでも、「キュン」したい。


アナ・トレントの鞄 アナ・トレントの鞄
クラフト・エヴィング商會 (2005/07/22)
新潮社

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2007-05-22-Tue-22-17

次期連ドラのこと

夏の連ドラの情報が飛び交うようになって参りました。
なんだか妙に気になるものがいくつかあります。まあ漫画原作が多いのは今に始まったことじゃないんですけど、

「山田太郎ものがたり」
は、今でも単行本を全巻もっている漫画だけに思い入れがあるんです。
嵐の二宮ー?
だって、「ぱっと見王子キャラ」じゃないといけないんだよ?
桜井翔ー?
えええ、御村は純和風な美形でしょう?
と、どうにもキャスティングに納得がいかないのです・・・。思わず実家の母に同意を求めてみたり(母も読んでましたから、同意見でした)。でもまあなんだかんだいっても見るんだろうと思います。キャストは諦めたから、せめてあのハイテンションは実現してほしいものです。

「花ざかりの君たちへ」
白泉社作品がドラマ化する時代がくるとはー・・・。
「男装した女子が男たちの中へ潜入」、これは「女装した男が」と置き換えても同様に「漫画のお約束」だとは思うのですが、なかなか実写はつらいものがあります。しかも堀北マキかあー、うーん、ってなもんです。
でも「花より男子」的な人気は出そうな気もします。
ま、こちらは原作に思い入れがあるわけでもないし、お好きにどうぞってなもんですが。ファンの方は複雑な心境ではないかなぁ。

漫画の実写化って、常に期待と不安が入れ混じります。
原作と同じかそれ以上の出来になることって滅多にないし。映画になるのとはまたちょっと違う不安感があるんです。
それにしてもこう続くとTV局の企画不足?も疑ってしまいますが(いや単に漫画ファンを取り込もうという視聴率稼ぎかなぁ)、せめて自分の心の聖域であるあんな漫画やこんな漫画は、そっとしておいてほしいと思うことでございます。

あ、ドラマではないけれど、「私は貝になりたい」が中居正広主演で再映画化ですって・・・これも、うーん、どうなのよ。
さすがにフランキー堺版は知らないけど、所ジョージ版は相当泣けたもの。それを中居君が・・・ってのが、イメージ違いますね、どうもね。
2007-05-21-Mon-21-58

快楽主義の哲学

快楽主義の哲学/澁澤龍彦/文春文庫

希代の幻想作家にして博覧強記の衒学者。
そんな澁澤龍彦の「入門編」ともいえる本書、かなり久しぶり(・・・10年ぶりくらい?)に読み返しました。
「澁澤龍彦ってなんとなくかっこいいけど難しそうだなぁ」と思っていたころに出会ったこの本、そう、初・澁澤がこの本だったことって、結構幸運なことだと思うんです。少なくとも「思考の紋章学」やら「夢の宇宙誌」で出会っていたら、途中で投げ出してしまうことになったのかもしれないし。

初期からの澁澤ファンには不評だったというこの本は、単に当時「実用書」としての趣が強かった「カッパ・ブックス」から出版されたというだけでなく、実際澁澤龍彦本人にとっても満足のいかない一冊だったようです。
でもそれは逆にとても「初心者向け」であるということ。
それだけに、私なんぞのような小娘(初読当時、ただし脳内においては今も変わりありません)にとってはスルっと入ってきてくれた文章なんですよね。読者に語りかけるような文体の文章には、思わずうなずきたくなってしまいます。

人生に目的なんかない だとか
道徳や理想論をぶちこわす だとか
博愛主義はうそだ だとか
健全こそ不健全だ だとか

なんとなくは感じていたし思っていたけれども、声高に唱えるにはちょっと抵抗のあること(それこそ「健全」な人々から糾弾されそうだ)を、こうも理路整然と当然のように語られるのは、とても気持ちのよいことでした。それは読み返した今でも変わりません。
本書に書かれた中にはすでに時代遅れの感のある文もあるが・・・、と解説にありますが、それは勿論刊行当時(1965年!)に比べると、世の中は非常に悪徳の栄える個人主義的な時代になっているかもしれませんけれども、あくまで世間の主流は「皆仲良く明るく素直に健全で平等であるべし」という思想でしょう、今もなお!
それはそうであるに越したことはないでしょうが・・・・でもね、やはり私の敬愛する久世光彦先生も言ってましたもの、「健全なだけの世界はつまらない」、「美しくない」って。
一点の陰りもない世界は明るくて平和かもしれないけど、それはそれは味気ないものなんです。「澁澤世界」に魅力を感じてしまう人種にとってはね。

私は毎日「陽気で明るく嫌味の(それほど)ない善良な人々」の中で生活しているわけですが、そんな中でこういう本を読むと、自分の精神が安心するのを感じます。
ああ、やはり自分は「こちら側」の人間なんだな、と。

快楽主義の哲学 快楽主義の哲学
澁澤 龍彦 (1996/02)
文藝春秋

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健全なのはとても結構なんだけど、健全であること、健全でいなくてはならないことを疑いもしない人って苦手だなぁと・・・・むしろちょっと不気味だ、とさえ思ってしまったりもします。
そうだな、あの人はとてもいい人なんだけど、どうにも苦手なのはだからだったのだな、と、改めて教えられた気がします。(独り言)

澁澤先生は今も尚カリスマです。
2007-05-20-Sun-21-39

おしゃれ泥棒

おしゃれ泥棒

以前BSでやっていたもの。録画したまま忘れかけていたのを掘り出してみました。かのオードリー・ヘップバーン主演のラブコメです。

オードリー演じるヒロイン・セシルは富豪・ボネ家の一人娘。しかしてボネ家の家業とは、贋作造りなのであった。そんな仕事に嫌気がさし、止めるように忠告するセシルの言葉に耳を貸さない父・ボネは、自身のコレクションであるビーナス像(もちろん贋作)を美術館に貸し出した。慈善家の顔で美術館長の謝辞をうける父・ボネ。しかしなんと、当のビーナス像が科学鑑定されるのだという。
贋作がばれたらボネ家一巻の終わり、なんとかして鑑定を阻止しなければならない。決意したセシルが、偶然屋敷に入り込んできた泥棒に美術館泥棒の算段を持ちかける。最新の警備機能の数々に、到底無理だと思われたビーナス像の奪回なるか?

という、お話。
まあオードリー・ヘップバーンありきのお話ですね。40年前の映画なだけに、筋は読めるし突っ込みどころ満載だし。思わず笑っちゃう泥棒テクニックとか、ご都合主義に恋に落ちる二人だとか・・・でもきっとこれはそれでいいんでしょう。これはストーリーを追う作品ではなくてただ「見る」ための映画でしょうからね。
そうだと割り切ってしまえば、とっかえひっかえ服を着替えるオードリーや、レトロさが可愛いスポーツカーや、お馬鹿でまぬけなのが魅力的な警備員たちを楽しく見ることができました。うん、ヘップバーンは可愛いです。

もっとも、さすがに古い作品なだけに、途中退屈してしまったことも事実ですが・・・・軽いラブコメが好きな人ならきっとハマるんじゃないかと思います。

おしゃれ泥棒 おしゃれ泥棒
オードリー・ヘプバーン (2006/10/13)
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

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2007-05-19-Sat-22-10

漱石を売る

漱石を売る/出久根達郎/文春文庫

最近少々お疲れモード、帰宅してもすぐに横になるうちに眠ってしまうか漫画を読むか・・・なのですが、実はちびちびコレを読んでいました。一篇一篇が短い随筆集って、手に取りやすいのがいいですよね。

さてこれは長年古本屋を営んできた作者が語る、古本屋での日々のこと。
勿論某「B●●K ●FF」系の無味乾燥な中古書店ではなく(いえいえ、普段は大変お世話になっております)、神田は神保町という古書好きのメッカに店を構える作者ですから、本を愛し、本を愛する人を愛する目線がとても心地よい話ばかり。
ちなみに本書のタイトルはそのまま「漱石」を売ろうとした第一篇からのものなのだけど、それに対する奥さんの結論が「もう売るのはよしましょう。漱石を、なんだと心得ているのでしょう」という言葉。いいなぁっと思いました。
本人も言っているように、相手を見て売り買いするようじゃ商売人としてはなっちゃいないのだけれども、純粋に本を愛でる感情に、無条件に共感を覚えてしまいました。

他にも、古本屋で逢引を重ねるカップル(?)や、息子の跡を追って店を訪ね歩いた老夫婦、はたまた若い頃乳母車を押して古本回収をした妻のエピソードなどなど、本にまつわる話の数々には疲れた心もなごむというもの。
もっとも作者さんは「本が好きだからって古本屋になろうなんて甘い、甘すぎる」とおっしゃってます。確かに生業にするのは大変だろうけど、何十年も営業しているような、薄暗くて湿っぽい古本屋の、これまた狭っくるしいレジの中の、薄っぺらい座布団の上に座ってみたいものだわ、なんて思ってしまうことでございました。

それにしても本を好きだという人ならば、よく知りもしなくてもお友達になれそうな気がするんですよね。不思議です。
2007-05-18-Fri-21-32

デスノート

映画版 デスノート(後編)、職場の先輩にDVDをお借りして鑑賞しました。
前編を見たのは結構前のことなので(TV放映時)、急にミサミサからスタートした出だしに若干「アレ?」と思いながらも、すぐに内容を思い出して見ることができました。

話には聞いていたのですが、前編より面白かったですね!
あの原作を上手くまとめたと思います。脚本って大事だな~と思わせてくれました。片瀬那奈のキャラがよかったですね、原作キャラ3人を上手く掛け合わせつつも一人のキャラとして成立していたし、何より無意味な美脚がよかった。綺麗なお姉さん好きですv
後編は「藤原竜也VS松山ケンイチ」でもあるけど「戸田恵梨果VS片瀬那奈」でもありましたね。松山ケンイチのLっぷりはとてもよかったと思います、しかし松山ケンイチはあのメイクのが男前に見えるという哀しい事実も知ってしまいました・・・

キャストがよかったのは勿論、L篇以降が長すぎた感のある原作よりもコンパクトにスピーディにまとまっていたし、キャラを絞っただけに分かりやすかった映画版のほうが個人的には好みでした。
あ、やはり前編より後編のほうがより好み。前編はなんちゃってFBIに笑ってしまったし、あと香椎由宇はいらないんじゃないかな?なんて、いろいろ思ってしまったものですから。

DEATH NOTE デスノート the Last name DEATH NOTE デスノート the Last name
藤原竜也 (2007/03/14)
バップ

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2007-05-15-Tue-21-20

会津旅行記

年の初めにドラマ『白虎隊』を見て以来すっかりヒートアップしてしまった幕末熱のほとばしるがまま、会津若松へ旅してきました。
旅の道連れは学生時代からの友人・モモさん(新選組スキー)です。

いや~、会津、いいとこでした。
ぶっちゃけ田舎なのですがそれもまたヨシってかんじで、鶴ヶ城や飯盛山など見所が集合してくれているのも観光客にはありがたかったです。
では以下、行ったところを順番に列記。


土方歳三が傷を癒したという東山温泉(土方歳三の壁画のある旅館に宿泊)
会津武家屋敷(ここで時間をかけすぎたのが後に響いた・・・)
松平家廟所(山頂まで上れず、入り口にて挫折)
近藤勇の墓(隣には土方さんの戒名を記した墓標も)
飯盛山(白虎隊自刃の地)
白虎隊記念館
白虎隊伝承史学館(堺雅人のサイン発見!)
鶴ヶ城(新しくて綺麗、緑が美しい)
阿弥陀寺(斉藤一の墓)
昭和なつかし館(3丁目の夕日的世界、意外と面白い)


以上をほぼ一日で回りました。
あと旧滝沢本陣と日新館を回れたら完璧だったのですが、これはまたいつの日かのお楽しみにということで・・・・一番最初の武家屋敷でテンションあげすぎてタイムロスしちゃったのが痛かったですね、でも楽しかったからかまわないし、何よりそこの資料館で運命的な出会いがあったんです!


山川浩(1845~1898)

会津松平家家老の家柄。戦上手で、会津戦争の際には新政府軍撃破という功績をあげ、若干24歳にして篭城軍の総指揮をとる。
維新後においては、敵ながら山川の力を認めていた谷干城の要請を受け、陸軍に仕官することとなる。その後東京高等師範学校と女子高等師範学校の校長に任命され、少将まで昇進。明治23年には貴族院議員となり、「貴族院三将軍」として恐れられた。
晩年には軍隊・教育での功績により、男爵となる。



という・・・・私、昔から新選組ファンであったために、会津藩(そして松平容保様)のことも好きではあったのですが、実は会津藩士についてほとんど知らなかったのですよね。
うわ、会津にこんなおっとこ前な人がいたとは・・・・!!
と、友人モモさんと興奮しきりでした。
戦上手って超ツボなんです。少数精鋭で大軍撃破って、かっこよさランキング1位じゃないですか?(自分基準)あ、今度から「好みのタイプは?」って聞かれたら「戦上手な武人」とでも答えようかな。それほどトチ狂うくらいテンション上がってしまったんです。
いやいや、それがお顔もなかなかかっこいいんですよ。写真もちょいワル?なかんじで。ふふふ。
ムクムクと盛り上がる歴史熱、というよりはミーハー熱。いいんです、歴史好きとミーハー根性は切り離せないものだから・・・ね、塩野七生先生。

いやはや、とにもかくにも楽しい旅でした。
いつの日かまた訪れたいものです。その際にはもうちょっと山川浩にも詳しくなっているはずだから。
2007-05-10-Thu-20-42

憑神

連休中は実家に帰っておりました。
素敵に引きこもって読書三昧・・・の予定だったのですが、結局読めたのはコレだけでございました。(あ、漫画は沢山読んだのですけどね)

憑神/浅田次郎/新潮文庫

お気楽時代劇コメディかと思いきや、予想より大幅にシリアスな展開でした。コメディにしかならなさそうな設定を力技で「サムライとは!」的方向にもっていった浅田次郎の腕っ節にびっくりです。

時代は幕末、場所は江戸。
婿養子先から離縁された御家人である主人公の彦四郎は、こともあろうに貧乏神に取り憑かれてしまった。貧乏神の次は疫病神、その次は死神と、次々と降りかかる災難と必死で戦う彦四郎。
文武に秀で、性格も極めて善良である彼が何故このような目にあわねばならないのか?果たして彦四郎の運命は?

という・・・うーん、やっぱり設定だけだとコメディにしか見えないですね。しかし勿論意味も無く「幕末」なわけではないのです。だって浅田次郎だから。
「壬生義士伝」をもちだすまでもなく、浅田次郎の新選組好きは有名です。ということは心情的に佐幕派ファンなのだろうとは思っていたのですが、これを読んでさらにその印象を深くしました。
いえ、この本のテーマはあくまで佐幕や倒幕というところではないのですが・・・・

とりあえず、徳川慶喜ファンは読まないほうがいいかもしれません。たたかれまくりです。
あ、榎本武揚ファンにはオススメです。江戸弁の釜次郎が格好いいですよ。

楽しいお気軽コメディ時代劇を求めて読む人も、あらぬ方向への展開にびっくりするかも。うーん私には嬉しい誤算でしたが、正直家制度賛美っぽいところに引っかかりも覚えました。自己犠牲の美学って結構好きですけど、そこまでしなくてもなぁ・・・と思った私にはきっと御家人精神が足りないのでしょう。
あ、でも「勝負ってのは勝ち負けではなく、勝ちっぷりと負けっぷりだ」というのは気に入りました。

しかしこれを妻夫木主演で映画かぁ~・・・と思うとなんだか不安です。広告を見た限りでは、コメディ色が強そうなんです。いっそそっち寄りにしてくれたほうが映画としてはいいかもしれないです。
下手にシリアスにすると難しそうなんですもの。
うーん、どうなのかなぁ・・・。

憑神 憑神
浅田 次郎 (2007/04)
新潮社

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そしてタイムリーにも幕末本を読んだところで、ちょっと会津へ旅行に行ってまいります。
念願の会津です!幕末に浸る二泊三日の旅にしたいと思います。
2007-05-01-Tue-22-41

師匠萌え(・・・か?)

笑天でおなじみの桂歌丸さん。
もちろん子供の頃から知っていて、笑天メンバーの中では一番好きな人でした。なんでしょうね、ちょっと厭世的・・・というか、知的でシニカルな雰囲気が子供心に「なんか、いい」というかんじだったのです。
あ、もちろん司会になられた今も一番好きなメンバーさんです。

そんな歌丸さんの生い立ちを読売の記事で初めて知りました。
歌丸さんは横浜の色街の生まれ。とある遊郭の一人息子として厳格なお婆様に育てられたそうで・・・・なんとまあ、ちょっと昔の純文学みたいな生い立ちじゃありませんか?
「坊」と呼ばれて、何不自由のない暮らしだったそうですが、お婆さんは厳しかったとか。なにしろヤクザもよけて通るほどの豪傑だったそうです・・・・すごすぎ。

そういう生まれで、幼い頃から大人の男と女のあれやこれやを見てきたからこそ、今の歌丸さんの個性が生まれたんだろうなぁ・・・たんに年をとったからああいう芸風になったんじゃなくて、きっと若い頃からちょっと斜に構えた芸風だったんだろうなぁ・・・などと勝手に想像してしまいます。

色街だとか遊郭だとか、現代では消えうせてしまったそういう単語にはなんともいえない色気を感じます。勿論そういう存在の功罪ってのは別問題ですけど・・・たんにロマンの問題として、ね。

なんだかますます歌丸師匠のファンになってしまいました。

詳しくは こちら で。
2007-05-01-Tue-21-51

非コミュ指数

友人がやっていて、面白そうだったので挑戦してみました。
非コミュ指数テストだそうです。
興味のある方は ここ でやってみて下さい。

非コミュとは
他者との社会的関係性が能動的・受動的に関わらず、絶たれている、もしくは殆ど繋がっていない状態・その状態に陥っている者を指す。主に、当事者内における他者に対する心理的な態度・姿勢を定義したものであり、慣例的な社会的行動・コミュ行動を実行する能力の有無とは関係はない。
学校、会社などにおいて、普通の人(非・非コミュ)と変わらない生活を送っていながら、クラスや職場の人々と深い交流・関係性を築くことができない、もしくは積極的に行わない場合も軽度の非コミュとしてカテゴライズされる。
故に、一見、通常のコミュニケーションが行われているようでも、心理的な側面において、周囲との関係性が絶たれている(いわゆる"浮いている"状態)場合は非コミュと認定する。



ちなみに私のテスト結果は以下。リアル知人の方々は笑って下さい・・・笑えると思います。


非コミュ指数
1回目/28(レベル1/軽度非コミュ/オタク型)
2回目/34(レベル1/軽度非コミュ/オタク型)

【タイプ説明】
1)不器用型
空気が読めなかったり社会的適応能力が低いタイプ。いわゆる本来の「非コミュ」。アスペルガー症候群の可能性もある。

2)無関心型
遁世的で、他人とのコミュニケーションに余り価値を見出せないタイプ。「孤独力」が高く、ひとりでも全く気にならない。

3)人間不信型
家族以外の原初的な他者承認(当サイトでは「基本的承認感」と呼んでいる)が十分でないため、他人を信頼し、深い関係を結ぶことが難しいタイプ。

4)オタク型
興味が偏っていたり、一般的ではないために、他人と共通の話題を見出しにくいタイプ。

・・・2回もやっても「オタク型かよ!」と、まあ、自分で笑ってしまいました。
上記4タイプの中でオタク度が60前後、無関心度が40前後。うーん、さもありなん。要するに「広く浅く」よりも「狭く深く」ってことだ。人間関係に限らず、およそすべてのことに対してね。
まあ若干「違うけどなー」という点もあります。全くの一人は平気だけど、集団の中で浮いてしまうことは恐怖だし・・・他人の目は激しく気にするほうなので。
「一人が平気なんだね」というのは指摘されたことがあります。まあ確かに1週間くらい一人でも全く大丈夫です。一ヶ月くらい平気かも。一人暮らし歴は長いですが、ホームシックになったこともないし・・・ある意味「強い」と言えるのかな?もっともそれが生き物として健全な姿なのかどうかというと、ちょっと疑問でもありますが。

しかし今更どんな診断をされようとも、そうそう簡単に自分の生き方を変えられはしないのだ。
あるべき姿を受け入れよう。
私は無理に自分を変えてまでランクアップを目指そうとはしないからね。


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