フナフナベイベ

徒然に一人語る読書感想文。 雑食ですが趣味嗜好はかなり偏っておりますのでご注意を。

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2006-12-31-Sun-11-54

小春日和

小春日和/野中柊/集英社文庫

年末年始の読み貯め用として買ったはずなのに、うっかり読んじゃいました。
最近好きなガールズ路線。児童文学・・・ではない、と思いますが、一般文芸かと言われると??です。小学校高学年~中・高生向けかな?とも感じますが、「大人が懐かしんで読む」本というのが正しいような。
古きよき少女漫画の世界です。

主人公は双子の女の子、小春と日和。
ごくごく平凡な双子であった姉妹の日常は、母の影響でダンスを習い始めたところから少しだけ変化をみせはじめる。
彼女たちのダンスを見た人から、CM出演のオーディションを受けてはどうかと勧められたのだ。
周囲の予想を裏切ってトントン拍子に話は進み、二人のCMは全国区の人気となった。突然変わった周囲の環境に戸惑う二人、子供の将来のことで言い争うことが多くなった両親、はじめて生まれる「相手(双子として)への違和感」・・・

ダンスは好き、きれいな服を着てCMに出るのもうれしい。
けれどそれと同時に感じるのは見知らぬ人から勝手にキャラクターとして見られてしまうことへの戸惑いと先の見えない将来への不安。

どうです、ちょっと昔の正統派少女漫画にありそうな設定じゃありませんか?
舞台もちょうど「ザ・ピーナッツ」が引退間際のころだし(70年代?)、文庫裏の「ノスタルジック・ストーリー」という言葉がしっくり馴染みます。

幼い少女の揺れる悩み・・・というのももちろんポイントではあるのでしょうが、個人的によかったのは「何かに夢中になることへの喜び」が伝わってきたこと。
体と心が離れていく。
足が別の生き物みたい。
二人だけで踊るとき、目を見るだけでお互いの思っていることが分かってしまう・・・。
生まれた時からインドア派の私でも、なぜか理解できるような気にさせてくれました。ほんとに楽しいんだろうな、体中が「それ」だけで染められるのって、というかんじです。
二人が映画館で初めてミュージカルを見るシーンも印象的でした。これは私にも実感できます、本当に夢中になって見聞きするときって、放心状態になっちゃうんですよね。トリップするというか、トランス状態というか・・・そういう。

そんなキラキラが伝わってくる文章なんです。
ともすれば甘ったるいだけのお話かもしれませんが、これは甘いだけじゃない、確かな心理表現も併せ持った「少女小説」なんだと、声を大にして言いたいですね。
あとは登場人物も魅力的~。
「近所のお爺さんに恋して毎日通い妻状態の祖母」や、
「そんな祖母をおおらかに受け入れる長沼さん」、
「どこか大人びた同級生・吉田俊樹」ははずせないし、
双子を夢中にさせた「桜井先生」はたんに格好よくてダンスが上手いだけじゃなく、二人を子ども扱いしない・・・というところもポイントですね。

これは双子の妹が過去を懐かしむという形式をとっているので、「これから先はどうなったの?」「え、ひょっとして・・・?」なんていろいろな想像をしてしまいます。そこがちょっと大人の味付けというところでしょうか。
かわいくて愛らしい作品です。
これは大人の女性に読んでほしい、と思いました。

ところで読み終わってから気づいたのですが、私、この人の本2冊目でした。以前読んだのは『ひな菊とペパーミント』。これも本当にかわいい話でした。
この人は、キャラが上手いんだなぁ・・・・

読了日:2006年12月22日
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2006-12-31-Sun-11-53

いつか王子駅で

いつか王子駅で/堀江敏幸/新潮文庫

翻訳家兼教師の主人公が、東京王子でのいろいろな人たちとの交流を描いた長編。
とても薄い本なのですが、なにしろ読むのに時間がかかりました。それはなにも「ストーリーが分かりにくい」とか「難しすぎてよく分からない」のじゃないのです。自分でも上手く言えないのですが、なぜか「眠気を誘う」本だったんですね、私にとっては。

ストーリーらしいストーリーはありません。
主人公が銭湯で出会う「正吉さん」。
珈琲を出す居酒屋「かおり」。
大家の「米倉さん」とその娘「咲ちゃん」。
王子に住む人々とのささいな交流と、それから派生して主人公の心に浮かぶ様々な事柄。書いてあるのはそれだけなのに、それだけのことが不思議と心地よくて、一気読みできない本でした。

主人公が思うことのひとつに、「手足の思考能力を大切に育ててきた人々」への敬意があります。
文筆業で生計をたてる主人公は、いわゆる「職人」の人に会い、彼ら自身の経験から語られる事柄に対して「素直に参ったと言いたく」なります。
実体験ではない書物から得た「知識」とは違う、彼ら自身の「知恵」に対する敬意(それは主人公の劣等感ともいえると思う)というのは、私自身にも身に覚えのあることで、共感してしまったり。

あとは文学ネタや競馬ネタがとても多いです。
そういうのに造詣のある方なら、もっと楽しく読めるのではないでしょうか?
全く知らない私でも「テンポイント」に関しては「へぇー」と思いながら興味深く読めました。知らないジャンルにもいろんな面白エピソードってあるもんなんですね。無知って勿体無いなぁと思わされました。

とはいえ、そんな競馬ネタ部分の大半は「ふぅん」程度に読んでいたのですが、それがラストであんなふうに繋がってくるとは・・・正直、この本で「盛り上がる」ことはなかろうと思っていたのに、ラストの「咲ちゃん」の疾走シーンはじぃんときてしまいました。

日常の積み重ねであり、文の大半は主人公が「思うこと」で、特にドラマチックな事件も涙するエピソードもない話だというのに、なぜか心地いい空気が流れる世界です。
エンタメ文学読みの仲間(私もですが)には薦めにくい本かもしれない。
面白いの?と聞かれて、率直に「面白かったよ!」とはいえないような気もするのですが、読んだ後に『「かおり」で珈琲飲みたいなぁ。カステラ食べたいなぁ』と思ったことは事実。
主人公の感慨に共感するところも多々だし、ラストに繋がる一連の持っていき方もうまいなぁってかんじですね。

他の方のレビュー等を見るに、「この本の良さがわかる年齢で読めてよかった」「この品格!まさに文学!」なんて書いてあって、やはり私にはこの本はまだハードル高かったのかなぁ・・とも思いますが、でもいろいろ思うところはあったのでヨシとします。数年後に読み返してみるとまた違った感想がもてるのかもしれない。

でも何より好きなのはこのタイトルでしょうか。
これって『いつか王子様が』から来ている・・・と思っていいんでしょうか。(違ってたら恥ずかしい)
なかなか洒落てるなぁと思います。
うん、好き好き。

読了日:2006年12月17日
2006-12-31-Sun-11-51

図書館戦争

図書館戦争/有川浩/メディアワークス
舞台は微妙に近未来的なパラレルワールド「正化31年」。
「メディア良化法」なる法律を基に、書籍映像音楽が検閲・取り締まりを受ける時代。その検閲を退け、あらゆるメディア作品を収集・提供できる権利をもつ公共図書館は、結果としてメディア良化委員会にとっての唯一絶対の「敵」なのです。
双方の抗争は激化の一途を辿り、図書館自体も武装し、自衛するようになります。

「公序良俗を乱すメディア作品を取り締まる」という大儀のもとに、恐ろしきファシズムを振るう国家VS独立図書館隊。

戦え!我らが図書隊!
守れ!我らが知の泉!

と、なんだか一昔前の特撮チックなテーマソングでも歌いたくなってしまうノリの作品なのです。

恐らく「本好き」を自認する方ならば、およそ9割以上の人は楽しめるのではないでしょうか。これでもか、というくらいに「本」への愛が満ち満ちて、もはや零れんばかりです。
死者が出そうなほどの攻防戦でも、図書隊員の胸にあるのは「本を守るのだ」という熱い想い。
時にキャラクターの口を借りて出てくるそれは、作者さん本人の心情でもあるのでしょう。本好きならばいちいち頷いてしまいたくなることうけあいです。

例えば、きちんと読めばそれが悪意のある表現でないことはすぐに分かるはずなのに、「NGワード」だからといって禁書扱いにすることだとか、「大人たちは『ためになる本を読みなさい』っていうけど、僕たちは『ためになる本』じゃなくて『読みたい本』を読むんだ」という少年の言葉だとか。

徹頭徹尾、本への愛で出来た作品です。
これが「本の雑誌が選ぶ2006年上半期ベスト1位」なのも、なるべくしてなった、というかんじでしょうか。
(逆に、普段本を読まない層にはそれほど訴えないかもね。まぁそもそもターゲット層ではないのでしょうが)

しかし「メディア良化法」や「図書検閲制度」なんて、現代社会でも妙にリアリティを感じてしまうところが怖いものです。
それがこの作品をただのエンタメとは言えないところなんでしょう・・・が、かといって、語り口は見事に「エンタメ」です。
キャラも立ってるし、勢いもテンポもいい。
最初は予想外の軽さに「あれあれ?」だったのですが、段々と掛け合い漫才のような会話の応酬にニヤリとしてしまうようになりました。
「戦争」なんて言えるくらいの状況なのに、キャラの濃い隊員たちの醸し出す雰囲気はなんだかわきあいあい。
なんとなく初期『キルゾーン』や特車二課(『パトレイバー』)を連想してしまったのは私だけでしょうか?

もっともそれが逆に「ラノベっぽい」と、否定的な見方をする人もいるようですが、うーん、どうでしょう。
このノリの良さと軽やかさがなければ、これほどの人気は出なかっただろう・・・というのも真実だと思うのですけど。
この軽みが諸刃の剣ってかんじでしょうかね、ま、それは好みの問題。

「図書館」で「戦争」だなんてキャッチ―なタイトルに、メディア規正法なんてものが現実味を帯びる現代の風潮への恐怖感と、軍隊青春物語かのようなラブコメ風さわやかさの絶妙な組み合わせが、不思議といいバランスで安定しています。
ちょっとかなり奇妙な設定なのに、とても普遍性を感じさせる作品なのです。

普段ラノベしか読まないという人にも読んで欲しい。
勿論読書家を自認している人も、読んで損はしないはず。
「マンガは頭が悪くなるから読まないわ」なんて人は・・・・
まぁ、無理して読まなくてもいいんじゃないでしょうか。ははは。
個人的にも共感できる部分は多々あったのですが、「(活字嫌いでもないのに)親や学校の薦める以外の本を読まないイイコなんて逆に怖いけど」というセリフでした。いや~実際身近にいるもんで。怖いです、確かに。
何が怖いって、そういう子は、そのこと自体を疑いもしないってことがですよ・・・。

読了日:2006年11月21日
2006-12-31-Sun-11-50

子羊の巣

子羊の巣/坂木司/創元推理文庫

「ひきこもり探偵」シリーズ2作目読了。
内容は前巻『青空の卵』とほぼ変わりませんね。短編連作で、鳥井と坂木の関係も進展がありません。なので、感想も前巻と大差ないのですが・・・2作目を読み終えて思ったことをいくつか。

まずはミステリとして。
男子高校生「利明」のエピソードが気になりました。
風船を持ってホームに立ち、駅員にプレッシャーを与える?というのが、なんとも。「風船」の意味を利明が知っているというのは結構無理があるのではないでしょうか。
あとは、まがりなりにも一緒に暮らし続けてきた父親の重大なアレルギー体質に全く気付かない子供、というのも、若干無理矢理っぽく感じてしまいました。まぁ安楽椅子探偵モノにそういう突っ込みは無粋なのかもしれませんが・・・。

もうひとつはやはり鳥井と坂木の関係について。
コレを貸してくれた友人とも意見が一致しているのですが、「鳥井ってひきこもりじゃないよね?」です。
一週間に一度しか外出しない・・・・って、それって学生時代の私でも普通にやってた行為なんですけど。それでも世間一般の基準からすれば「プチひきこもり」状態なのかもしれませんが。帯で「ひきこもり探偵」って煽ってるわりには?と思った次第です。

あとは対人恐怖症についても。
「絶対の存在・坂木」の頼みとはいえ、鳥井って結構初対面の人と普通に喋れていますよね。
勿論それはそうしないとミステリとして話が進まないからなのでしょうが、読む側としては、鳥井のトラウマがどうとか・・・ではなく、単に「ちょっととっつきにくい変人」レベルのように感じてしまいます。

友人Iちゃんも「ぬるい」と言っていましたが、「過去の対人関係に大きなトラウマがあってひきこもっている」とするには、ちょっと微妙な設定なんですよね、鳥井って。対する坂木も基本的には「いい人」でありながら、鳥井に対してのみエゴイズムを感じている・・・でもそのこと自体に罪悪感も感じていて、やっぱり「いい人」から逸脱しきれない。
そうでなくては坂木のキャラクターが成立しないというのは承知の上なんですが、どうにも「煮え切らないな~」という印象はぬぐえません。

友人Iちゃんと話していて、「もういっそ、鳥井はもっと激しくひきこもりに!坂木はもっとブラックになればいい!」と言ったらば、「それだとレーベル変わっちゃうから」と冷静な突っ込みを入れられてしまいました。

うぅんそうなんでしょうねぇ・・・・。

このシリーズは、ちょっと好き嫌いが分かれる作品かもしれません。
いえ私も嫌いじゃないんですけども・・・。

読了日:2006年11月19日
2006-12-31-Sun-11-49

青空の卵

青空の卵/坂木司/創元推理文庫

ひきこもり探偵・鳥井と、助手役の坂木による日常ミステリ。
短編連作ということもあいまって、北村薫や加納朋子を連想せずにはいられません、が。これはミステリであってミステリではない。
物語のテーマはむしろ、「鳥井と坂木の関係」です。

坂木は大多数の人間から「人のよさそうなお兄さん」と評される27才、サラリーマン。ごくごく平凡な彼にとって唯一の輝かしい存在、それがひきこもりの友人・鳥井です。2人は中学時代からの友人ですが、はっきりと尋常ではない関係にあります。
鳥井は子供の頃から美しい顔立ちで鋭い頭脳の持ち主でした。さらに歯に衣着せぬストレートな物言いにより、「孤高の存在」として坂木の心を虜にします。
「なんとかして彼と友達になりたい」と思った坂木は、「孤高」であるがゆえにイジメを受け、心の弱っていた鳥井のタイミングを見計らった上で「友達になろう」ともちかけます。このタイミングなら鳥井は断らないだろう、という、それは坂木の計算の上でした。

そして希望通り、いえ、坂木の期待以上に鳥井は坂木を慕うようになります。もはやそれは「友人として」というよりも「母と子のように」。「鳥井は僕という一神教の信者だ」と坂木が表現するほどに、鳥井は坂木に依存するようになるのです。

そしてこの物語のメインは、一見すれば「ひきこもりの友人を支える面倒見のいい好青年」である坂木の内面にあります。

鳥井の世界の中心にいるのが自分であるという自負と罪悪感。
鳥井への独占欲の充足と、彼を外に出さなければという相反する感情。
外の世界と接触し、精神の安定しつつある鳥井への喜びと、外の世界に出てしまえば自分以外の人間が鳥井の世界へ入ってくるのだという不安、嫉妬。
鳥井の世界の中心は坂木ですが、同時に坂木の世界の中心もまた鳥井なのです。

以前私の好きな作家さんが「依存しあって何が悪い。他人に依存することが出来ない自分だからこそ、不健康に依存しあう関係に惹かれるのだ」と言われていたのですが、全くその通り。
「彼(彼女)がいなければ生きていかれない」という状態は一個の生物としてはすごく弱い状態なのでしょうが、そんな存在が居るということは、きっととても幸せなこと。

「萌えだよ~」という貸してくれた友人の言葉に「そうか、萌えか」と思いながら読み出したのですが、想像以上の依存っぷりに、幾度となくにやけさせられました。でも「萌え」というのとはちょっと違うかなぁ。
いえ、なかなか美味しい設定だとは思いますけども。ストレートすぎるからでしょうか?もっと出し惜しみしてくれてもいいのに・・・なんて思っちゃいます。
「男同士の過剰な友情」というのはとてもキャッチ―なテーマだと思いますが、懇切丁寧に「相手への想い、自身のジレンマ」を語ってくれる本書は、そこらのBLよりも、ある意味とてもBL的なのではないだろうか、などと思ってしまいました。

ところでこの作者さん(主人公と同じ名前という有栖川有栖様式)って女性なのでしょうか?「友達に対する独占欲」なんて、とても女子っぽいなぁと思うのですが。ええ、身に覚えアリアリです・・・。

読了日:2006年11月15日
2006-12-31-Sun-11-48

むかしのはなし

むかしのはなし/三浦しをん/幻冬舎

三浦しをんの短編集。刊行当時、なかなか評判になったと記憶しています。
タイトルは、各話が「主人公が自身の思い出(のようなもの)を語り伝える」というところから来ているよう。(ということに、前書きを見直してから気が付きました)

かぐや姫や桃太郎など有名な「むかしばなし」の要素を各話ごとに取り入れ、現代版に語り変えた本書。とはいえそれほど直接的にではなく、例えば『ラブレス』なら「かぐや姫」のように、様々なものを貢がられるホストの話、『ディスタンス』なら「天女の羽衣」のように、想い合いながらも絶対的に超えられない壁に阻まれる男女の話・・・という風に。

そして後半のエピソード『入江は緑』『たどりつくまで』『花』『懐かしき川べりの町の物語せよ』は、全て「隕石との衝突により人類は滅亡する」というタイムリミットが告知された後の世界、ということで共通した時間の物語になっています。
個人的にはそちらの流れのほうがより興味深く読めました。

「三ヵ月後に人類は滅亡します、脱出ロケットへの搭乗は抽選です」なんて言われたら、果たして世の中どうなるでしょう?
この作品のキャラクターのように、それまで通りの生活を続ける人もいれば、「どうせ死ぬのだから何をやってもいい」といって犯罪に走る人もいるでしょう。
妙にテンションをあげるわけでもない「終末」の描き方が虚無的な雰囲気を伝えてきて、不思議なリアリティを感じます。

私が好きなエピソードは『ディスタンス』のいびつな恋愛感情、『懐かしき川べりの町の物語せよ』の青春小説な雰囲気(しをんっぽい、といえるかも)。あとは『たどりつくまで』のミステリっぽいオチもなかなかだし、『花』も印象的だったかな。

評判がよかっただけに、どの話も完成度高いです。
同じシリアス路線でも、『私が語りはじめた彼は』よりずっといい読み心地。
結局人は誰かと繋がらずにはいられない、繋がっていたいと思わずにはいられないのだ、ということを静かに伝える一冊でした。

読了日:2006年11月12日
2006-12-31-Sun-11-47

という、はなし

という、はなし/フジモトマサル絵・吉田篤弘文/筑摩書房

フジモトマサル氏のイラストに吉田さんが文章をつけるという形式の連載をまとめたもの。ひとつひとつ、とても短いお話です。

実は最初の一編を読んだとき、「あれ、これ、エッセイ?」と思ってしまいました。全体のテーマが「読書の情景」なので、ほぼ前編が「読書」についての作品になっています。なのでその雰囲気から、吉田さんの本への愛情が綴られたエッセイ集なのかと勘違いしてしまいそうになったのです。
でも最後まで読んだ今改めて考えると、あながち間違いでもなかったのかも・・・とも。

恐らくは吉田さんご本人、いやクラフト・エヴィング商會の吉田夫妻にとって、「本を読む」ということはとても大切なものなのですね。
それは2人によって作られた本を見れば一目瞭然。
勿論最重要項目は本の「中身」であるのでしょうが、表紙カバーの色やデザイン・文字のレイアウト・紙質など、本にかかわるあらゆること・・おそらくその本が読まれる時間や収まる場所のことまで考えられているのでは?と思ってしまうほど、クラフト・エヴィング商會さんの本からは、本への愛情を感じてしまうのです。

そんな吉田さんが「読書」をテーマにしちゃったものだから、そのラブ・パッションはいつも以上。本好きを自認している方ならば、見に覚えのあるエピソードのひとつやふたつ、あるのではないでしょうか。
私の場合は『眠くない』。これにつきますね。
そう、気合って空回りするものなのですよ。

睡魔と戦いながら本を読み続けるもよし、
あっさり敗れて夢の国に連行されるもよし。
どちらも大変幸せな時間でございます。

読了日:2006年11月9日
2006-12-31-Sun-11-46

ポーの話

ポーの話/いしいしんじ/新潮社

『ブランコ乗り』に続いて、いしいしんじ2冊目。
いやぁ・・・・・ちょっと、頭の中がぐるぐるになりました。

「うなぎ女」の子供「ポー」は、真っ黒な姿で泳ぎの得意な少年。ポーはうなぎ女たちに慈しんで育てられるが、ある日「メリーゴーランド」というあだ名の青年車掌と出会ったことで、新たな世界を知る。
女をたぶらかしては盗みを繰り返す青年メリーゴーランド、そして幼児のように小柄な妹・ひまし油。 彼らによってポーは様々な知識を与えられ、感情というものを知るようになる。
いびつながらも安定した3人の関係は、しかし突然の500年ぶりの大洪水によって打ち砕かれてしまう。慣れた町から流され、「天気売り」とともに新たな土地へと旅立つポー。

・・・という話で間違ってはいないはずなのですが、こんなあらすじでは全くこの作品の的を得ていない気がします。どうにも説明のできない、不思議な作品なのです。
うなぎ女やひまし油など、独特のネーミングで演出された世界観は、不思議世界という意外には何とも言えない雰囲気。ちょっと宮沢賢治っぽいかも。ネーミングに関していえば、長野まゆみを連想したりもしました(蜜蜂・・・とか。懐かしい・・・)

とにかくめくるめく不思議ワールドに、冒頭から翻弄されっぱなしです。
普段ミステリ系が多いもので、この手の作品への入り方を忘れてしまっていたのでしょうか・・・・・正直、大洪水のくだりに入るまでは読むのを辞めようかと思ったことも。
でも二部以降、作品世界に慣れてしまえば、自分でも意外なほどすいすいと読めるようになりました。それは多分人とも魚(うなぎ?)ともつかなかったポーが、たくさんの人々との出会いによって、段々人間らしくなっていったからだと思います。たくさんの出会いと別れによって、時には哲学的な言葉まで呟くようになるポー。
他人にとっての「大切なもの」が理解できるようになったポーは、他人のために「つぐない」をするようになります。

「つぐない」とは何なのか?
人と人との関わり、人と世界との関わり、世のあらゆるものは繋がっているということ。

この作品を半分も理解できたとは思えない私が感じた『ポーの話』のテーマは、以上の2点です。

読みやすくは、ない。
けれども読みすすめるうちに、何ともいえない力を感じる作品です。
私の頭では消化できなかった部分も多々なので、「すごくいい!」とは堂々と言いにくいけれど、「よくわかんないけどスゴイ!」とは言えますです、ハイ。
もっとも正直にいえば、分かりやすかった『ブランコ乗り』のほうがしっくりはきましたけどね・・・・
あ、あと花だらけの漂流船のシーンはロマンチックで好きでした。

読了日:2006年11月7日
2006-12-31-Sun-11-45

ハートブレイク・レストラン

ハートブレイク・レストラン/松尾由美/光文社

主人公である20代後半のフリーライター(独身・女)は、仕事場としてもっぱら近くのファミレスを愛用していた。何故ならそこはファミレスであるにも関わらず、常に閑散として静かであり、彼女にとって大変ありがたい環境だったからだ。しかしある出来事をきっかけに、このファミレスの、ファミレスならざる寂しげで哀しげな雰囲気の理由を知ることとなる。
彼女がずっと「常連客」だと思っていた「着物を着た品のいいお婆ちゃん」は、なんと幽霊だというのだ。しかもこのお婆ちゃん、人伝えの話だけで見事に名推理をしてしまうという妙な特技を持っていて・・・・・

という、短編連作集です。
全てファミレスが舞台であり、お婆ちゃん(ハルさん)が安楽椅子探偵の役を果たします。事件がおこる、とはいえどれも日常ミステリ系のほのぼの事件で、ハルさんによってきちんと謎は解かれ、オチでもやもやするということはありません。

キャラクターたちもなかなかいい味。
まずハルさんの意外と現実的な(恋愛面とか金銭面とか)ところにはニヤリとしますし、個人的には思い込みの激しいファミレスの店長も好きです。
後半にはヒロインの恋愛も匂わされますが、なんだか中学生日記のような純情ぶりで、大変可愛らしいレベルでおさまってるあたりも好感度大。

誰もが安心して読めるテイストですね。
オーソドックスな日常ミステリものですが、設定がちょっと捻ってる。私は好きなタイプですが、ライト過ぎてちょっと物足りないという人もいるかもしれません。普段ミステリを読まない女性に好まれそうなかんじ、といえば伝わりますでしょうか。

この作者さんの本は『安楽椅子探偵アーチ―』を読んで以来2冊目だったのですが、シリーズものの『バルーンタウン』も設定だけは知っています。
この方、「探偵」の設定が特殊な方ですね。
「椅子」の次は「幽霊」かぁ・・・・と、変なところで感心してしまいました。はてさて次は何がくるのでしょう・・・・。

読了日:2006年11月3日
2006-12-31-Sun-11-44

四龍島シリーズ 花鬼幻燈

四龍島シリーズ 花鬼幻燈/真堂樹/集英社コバルト文庫

自慢じゃありませんが、私の高校時代はほぼ「講談社ノベルス」と「コバルト文庫」で出来ていた、といっても過言ではありません(本当に自慢じゃない)。ちょうど新本格ブームが巻き起こっていた時期で、友人たちと先を争うように京極や森博嗣や有栖川有栖を読み漁っていましたが、同時に、それをうわまらんばかりの情熱でもって読み込んでいたのがコバルト文庫の数々のシリーズたち。中でも私のお気に入りが、この「四龍島シリーズ」でした。

全25巻で完結しているのですが、いまだに年1回のペースで番外編が刊行されています。それは何より作者のサービス精神と、四龍島ファンの根強い声援のたまものでしょうか。買い出してからかれこれ10年・・・以上?なんて考えると、眩暈をおこしそうになってしまいます。

ストーリーそのものは一話完結、本編の後日談なので、実はそんなに期待はしていません。キャラクターもおなじみの面子ばかりで、特に目新しいこともないですし。では何故私がこのシリーズを買い続けるのか。

10%は惰性、
20%は受け狙い、
30%は本気で読みたくて、
40%は過去の思い出に浸るため。

本音をいえばこんなところでしょうか・・・・・。

「懲りずに今年も買っちゃったよ」なんて、当時一緒にコバルトを読んでいた友人にメールして、「アンタも好きだよねぇ」って突っ込んでもらうのが楽しみだったり、
「何年たっても色気があるなぁ・・・そういえば○巻のあのシーンについて皆と語り合ったよねぇ」なんて、高校時代のことを思い出したり。
そういう楽しみ方をしちゃってるんですよねー。

小説の読み方としては邪道でしょうけど、毎年番外編を刊行しているという作者の行為自体がファンサービスなんですもの、こんな読み方も間違いじゃないと思うんです。

それに思春期の頃ハマった作品というのは、きっと人生において特別な存在なんですよ。もしも今、すばらしく素敵な作品に出会ったとして、あの頃のようにそれに夢中になることはかなり困難だと思います。
それは主にキャラクターへの思い入れの強さの違いなのでしょうけど・・・それだけに、当時肩入れしたキャラクターには、未だにふっと燃え上がってしまうこともあります。
手もとに現物があれば読み返したり、なければ夜な夜なネットの海をさ迷って、翌日寝不足で出勤したり。行動パターンは10年たっても変わりませんね、きっと10年後も同じことをしている自信があります。

読了日:2006年11月1日
2006-12-31-Sun-11-43

バスジャック

バスジャック/三崎亜記/集英社

表題作他6編を収録した短編集。
全てに共通しているのは、どれも「ありえない話」だということです。
例えば『バスジャック』なら「バスジャックが合法化された社会」だし、『動物園』なら「念じることで他人に幻の動物を見せることができる職人が存在する社会」なのです。

どれもこれも、そういう「ありえない設定」を、それがまるでさも当然であるかのように、奇妙なリアリティでもって描き出されています。
だからジャンルとしてはファンタジーかSF的ということになるのかもしれませんが、読んでいても何故かそういう気になりません。
ただ「新しいものを読んだ!」という気分です。

『バスジャック』は表題作なだけに、とても意表をついた設定でインパクトのある話なのだけれど、個人的に印象的だったのは『動物園』と『送りの夏』。あ、本好きとしては『雨降る夜に』もはずせない。

『二階扉をつけてください』『バスジャック』『動物園』のユニークさ、
『しあわせな光』『雨降る夜に』のロマンチックさ、
『送りの夏』の心理描写の巧みさ、
などなど、さまざまな雰囲気の作品を味わえる一冊。
どれをとっても読み応えのある話ばかりです。
「日常の隣の非日常」という世界が好きなので、私はどれも面白く読めました。

軽やかでトリッキーで、でもセンチメンタルなところもしっかりあるし、勿論文章は読ませてくれる。
そういう点から伊坂幸太郎を連想しましたが、第1篇の『二階扉~』を読んだときには星新一のショートショートが出てきました。
読む人にとっては筒井康隆を連想したりもするみたいです。

なんにせよ、新しくて面白い書き手さんです。
ぐいぐい読まされてしまいました。
個性的なモノを求める人には是非お勧めしたい一冊。
『となり町戦争』が駄目だった方も、これを読んだら作者への印象が変わるかもしれませんよ。

読了日:2006年10月31日
2006-12-31-Sun-11-42

78(ナナハチ)

78(ナナハチ)/吉田篤弘/小学館

かつて、世界は78回転で回っていた。
それはレコードの話。
33回転と45回転のふたつのスピードで回るレコードが誕生する以前、SPレコードは78回転で回っていたのだという。

いろいろな場所のいろいろな時間のいろいろな人たちの物語。
一見バラバラのように見えるそれぞれの話が小さな共通項によってリンクしあう、ファンタジックな作品です。

SPレコード
ドーナツとコーヒー
2人の男と1人の女、そして第3の男
中庭
夜の塔
靴職人

最終駅

あちこちに散りばめられたこれらの共通項によって、世界が不思議な多元構造のように絡まりあいます。 全てのピースが集まって、最後には大きな一枚の絵が完成する・・・と思いきや、ちょこちょことモヤがかったようにあいまいなままのところもあったり。
全てが整然と整理されるのではなく、不思議は不思議のままに残されるのが、いかにも「クラフト・エヴィング」的。

気持ちのいい不思議に浸り、吉田さんのいつもの手腕に安心して身を任せるのが正しい読み方でしょう。
各章のタイトルだけでもふるふるさせられる、そのセンスが大好きです。

読了日:2006年10月24日
2006-12-31-Sun-11-41

ぶらんこ乗り

ぶらんこ乗り/いしいしんじ/新潮文庫

いいらしいよ、という評判だけは前々から聞いていたいしいしんじの本を初めて読んでみました。
なんだかんだと想像するよりも、まずは読むべし。
この作品は、言葉では表現しにくい独特の空気をまとっています。

物語は、「器量よしのお姉ちゃんと天才の弟」の話。
「わたし」の弟は、近所でも評判の天才児だった。
賢くて優しい弟は、ノートに書き綴った物語をわたしに読ませてくれた。
哀しかったり、優しかったり、ぞっとする話だったり。
弟はつくり話の天才でもあった。
でもそんな弟は、いつだって世界の狭間にいる不安に襲われていた。この世とあの世の中間地点に立っているのだという不安。

「あんな幼いころから もうすでにあのこは、自分がこの世にひとりだけ取り残されたみたいに感じていたっていうんだろうか」

弟はいつも必死にこの世につかまろうとしていた・・・

高校生になった姉の語る「現在」と、
小学生の時の姉と弟の「過去」と、
そして作中で弟が創作した「つくり話」。
『ぶらんこ乗り』はこの3つが交互に語られます。
中でも弟の「つくり話」は、その大きな部分を占めていて、ひとつひとつは短いというのに、大変なインパクトを与えます。

秋の真夜中に読んだせいもあるのか、とても静かな印象の作品でした。
しいんとしているのに、時折ぐっとこみ上げる。
私がちょっと泣いてしまったのは郵便配達人のつくり話と、両親からの葉書のくだり。
でもそれは「これでもか」というくらいにツボを押すような泣かせ方ではなくで、「気が付いたら涙が出てました」という泣かせ方。
上手く言えないのがもどかしいんだけれど、押し付けがましくない、さらりとした、でも確かに読み手の中にするりと入ってくるかんじなのです。

要するに安直な癒し系ではないということ。
長年勘違いしていて、もったいないことをしました。

読み終わった時は何年かぶりにぶらんこに乗りたくなりました。
でも一人で公園で真剣にぶらんこをこぐのはちょっと恥ずかしいかも。
誰か付き合ってくれたら、是非やりたいのですが。

読了日:2006年10月21日
2006-12-31-Sun-11-40

トーキョー・プリズン

トーキョー・プリズン/柳広司/角川書店

舞台は終戦直後の日本。
ニュージーランド人である主人公・フェアフィールドは、戦争中に行方不明になった従兄弟の消息を追い求めて東京へやってきた。
戦犯収容所(スガモプリズン)での調査を許可される代わりに交換条件として命じられたのは、とある日本人囚人・キジマの過去を調べることだった。

キジマは戦時中の一切の記憶をなくしている身でありながら、全くの客観的事象のみで、様々な事柄の真実を推理し、言い当てるという才能を所持していた。GHQはそれを恐れ、彼を独房に収容する。
あくまで冷静であり、明晰な頭脳を持つキジマ。
しかし彼は戦時下において、非常にサディスティックな所業を行っていたのだという。

たしてキジマの過去の事実は?
そして収容所内での密室殺人の犯人は?

収容所、しかも独房の中での推理という、完全な安楽椅子探偵・キジマと助手役のニュージーランド人・フェアフィールドによるミステリ。

ミステリファンは勿論ですが、戦中戦後の日本に興味のある人にもオススメしたい作品です。
終戦直後の東京の状況や日本人の心境が丁寧に描かれています。
個人的には日系米軍人ニシノのキャラクター像が印象的でした(要するにコウモリだということ。そうならざるを得ない時代だったということ)。

全体に暗いトーンなのですが不思議と読みやすく、思わず一気読みしてしまいました。
2転、3転してみせるラストも私好み。
どうしようもなく悲劇的なラストなのですが、最後に示された明るさに救われました。
久しぶりに、きちんと面白いミステリを読んだ気分です。

読了日:2006年10月4日
2006-12-31-Sun-11-33

チョコレートビースト

チョコレートビースト/加藤実秋/東京創元社ミステリ・フロンティア

『インディゴの夜』のシリーズ2作目。
歌舞伎町のホストクラブを舞台にした短編ミステリシリーズというのが受けたのか、早速シリーズ化した模様。
2作目も、たしかにこれは受けるだろうなぁと思わせる出来栄えでした。

主役はホストクラブの女性オーナー・晶。
クラブオーナーとはいえ、表の職業であるライター家業との2足の草鞋状態で、リッチでゴージャズな暮らしぶりとは程遠い(おまけに男運にも程遠い)毎日を送っている。
そんな晶が、「コテコテのホストクラブじゃなくって、若者に人気の(踊れる)クラブのノリのホストクラブを作ったら流行るんじゃない?」と、同業の男性編集者と共同出資してはじめたのが「club indigo」。
謎の美ホスト・憂夜(ゆうや)を筆頭に、個性豊かな美(?)青年が集う「club indigo」には、ホストやお客だけでなく、何故だか様々なトラブルもやってきて・・・・・・・。

という、明るく軽快な雰囲気が魅力の短編連作形式ミステリ。
「歌舞伎町」とか「ホストクラブ」なんて言葉からは程遠い爽やかさすら感じます。

ミステリとしてどうのこうの・・・という、難しい読み方をする人にはオススメしませんが、これは広い世代の男女に楽しく読まれる作品でしょう。
ライトでスピーディで、ちょっといい話。
安心して読めるクオリティもあります。
でもやはり、何より魅力なのはやはりキャラクターでしょうか。

まずは主役の晶。
推定30代半ば~40代前半。ホストたちから姉御のように慕われる男前な性格。クラブオーナーでありながら、ライター(しかも得意ジャンルは健康)という堅実な職も持っている。
この「晶」が、女性から見ても愛すべきキャラクターなのがポイントでしょうね。
(若いホストから昭和文化を馬鹿にされたり、など)
そうでなかったら、ただのハーレムミステリになってしまいますもん。

勿論個性豊かなホストたちも存在感アリアリです。
まず晶ですらその正体をつかめない謎のホスト・憂夜。
お笑い系NO.1アフロホスト・ジョン太。
格闘系肉体派ホスト・アレックス。
ナンパの名手・犬マン。
あ、個人的には他店のスーパーホスト・空也もはずせない。

これだけキャラクターが揃うと、ついつい映像化を夢見てしまいます。
実際、ドラマ化したらすごく人気が出るのではないかと思うのですが、歌舞伎町のホストをあまりに魅力的に描いてしまうと、「良識人」なオトナの方々から苦情が出るかもしれませんねぇ。
あとは「東京の一地域」を舞台にした「若者像を描く」作品として、『池袋ウエストゲートパーク』と比べられずにはいられなさそう。
まぁ『IWGP』はかなり宮藤色に脚色されたドラマだったので(キング最高)、『インディゴ』はまた別の方向性を目指せばいけるのでは・・・?なんて思ってしまいます。

とりあえず「憂夜」さんは北村一輝で決まりでしょう。

読了日:2006年9月28日
2006-12-31-Sun-11-32

海駆けるライヴァー・バード

海駆けるライヴァー・バード/澤見彰/講談社ノベルズ

19世紀のイギリスはリバプールを舞台にした冒険活劇。
少年ヴィクターは、美しい母と優しい父、賢い愛犬に囲まれて、貧しくも楽しく暮らしていた。しかし、結婚12年目にして初めて父が泥棒だという事実を知った母が家を飛び出してしまう。
あてもなく母を待ち続ける日々だったが、それでも日々の暮らしの為、父は港へと「仕事」に出かけてしまう。
一週間後、帰ってきた母。
しかし今度は仕事に行ったきりの父が帰ってこない。
父はどこへ行ったのか?
少年と母を追いかける謎の男たちの正体は?
母の実家の造船会社で発見された死体とは?

リヴァプールを舞台にした、軽やかな冒険ロマンです。
雰囲気はハウス名作劇場。

あらすじと、表紙の少年と愛犬の可愛らしい絵柄に惹かれて読んでみましたが、感想は・・・うーん、まぁまぁ・・・でしょうか。
設定は大好物の世紀末ヨーロッパだし、大型客船が出てくるのもわりと好み。勇気ある少年が主役というのもいいかんじだし・・・と、期待したほどではなかったというのが正直なところです。

少年と愛犬がメインで活躍するのか、と思いきや、それほどでもなく(いや、一番活躍したのはダルメシアン犬ピリー卿でしたけど)、誰がメインなんだか・・・ちょっと視点がぼやけたような印象です。
悪役・ロンドンからの警部のキャラクターも、なんだか二転三転というか・・・深みのある人間像だった、というよりは、コロリと性格変えちゃって、と思ってしまいました。

文章は読みやすいし、キャラクターもなかなか愛すべきキャラだったし。決して悪くはなかったけれど、私的にはちょっと物足りなかったですね。明るく軽やかな雰囲気は好感がもてたのですが。
でもこういうさわやかな冒険活劇を描く作家さんって(しかも女性)なかなか貴重だと思うので、またこの手のお話に挑戦していただきたいものです。
ちなみにここだけの話、情けないのにやたらモテモテなお父さん(デビット)と、そんなお父さんにほだされる悪役(ジャック)に萌えたりして・・・・腐れた自分を再確認してしまいました。

読了日:2006年9月24日
2006-12-31-Sun-11-31

ICO 霧の城

ICO 霧の城/宮部みゆき/講談社

同名のゲーム(プレステ2)にほれ込んだ作者が書き下ろしたファンタジー小説。なんと作家側からのアプローチだったそうですが、さすがはゲーム好きとして知られる宮部みゆき御大。

ストーリーは分かりやすいボーイミツガールものです。

イコと呼ばれる少年には額に二本の角があった。
それは彼が「ニエ」だという証。
「ニエ」である少年は、人並み外れた力・智恵・俊敏さをもっていたが、しきたりにより「霧の城」へと差し出される。恐ろしい闇の力を持つ女王を静めるために、イコは城の中へと閉じ込められ、そしてそのまま命を終えるはずだった。
しかし、村長と継母の祈りが込められた上衣の紋章の力によって、イコの身は城の魔力から守られる。そして脱出を試みるイコが出会ったのは、宙吊りにされた鳥かごに閉じ込められた少女・ヨルダだった・・・・。

というお話。
ちなみに私はこのゲームをプレイしたことはありませんが、筋を追うのに不都合なところはなかったです。
ただ、やはり文章からだけでは想像が困難な部分もあったり(それは主にイコがクリアするアクションシーンでしたが)、そういうところでは「ここはゲームで登場するシーンなんだろうなぁ」と思ってしまいました。

あと気になったのは世界観。
詳しい描写が、イコの村と霧の城しかなかったのです。
もうちょっと広がりが欲しかったなぁ・・・・と思わずにはいられませんでした。
最初に出てきた2人の兵士とか、突っ込んだら面白いキャラクターがありそうだったんですもん。キャラクターも、イコとヨルダと女王のほぼ3者しか登場しませんでしたし・・・、そのせいか、全体的にあっさりとしすぎたような印象です。
きっと作者の技量をもってすれば、いくらでも広げられたとは思うのです。でもそれでは「ICO」という作品とは別物になってしまったことでしょう。難しいところですね。

ボーイミーツガールなファンタジー作品・・・としては、まぁまぁの出来だとは思います。でも、私がこれを読もうと思ったのは、ゲーム発表当時のCMがとても印象的だったから。

「この人の手を離さない。僕の魂ごと離してしまう気がするから」

この言葉と、美しい映像。
普段全くといっていいほどゲームをしない私が、妙に気になったゲームCMだったんです。
正直、このノベライズはあのCMを超えたとは言い難いですね。
ちょっと期待しすぎていたのかもしれません。
それともやっぱり、映像でこそ魅力の伝わる作品なのかも。

読了日:2006年9月17日
2006-12-31-Sun-11-26

村田エフェンディ滞土録

村田エフェンディ滞土録/梨木香歩/角川書店

土耳古(トルコ)文化研究のため現地にやって来た日本人学者・村田の土耳古滞在録。
短編連作形式の物語です。
「鸚鵡」「驢馬」「ヨークシャ・プティング」・・・などなど、
日常生活の中のモノを通して、土耳古での村田の日常生活が語られます。

村田が住まう下宿屋には、
ドイツ人考古学者・オットー、
ギリシア人調査員・ディミィトリス、
トルコ人下働き・ムハンマド、
宿の女主人としてイギリス人・ディクソン夫人、
そしてムハンマドに拾われた鸚鵡、
などが共同生活をしています。

これらの国際色豊かな同居人との掛け合いが、とてもわきあいあいとして、ほほえましくて。
土耳古という異文化世界での驚きと、学問を学ぶことへの喜び、
様々な人々との出会い、交流・・・そういったものものが、村田の視点で、とても丁寧に語られます。
学問の志に溢れる村田の土耳古での新鮮な日々が、時にユニークに、時にシリアスに、そして時にはミステリアスに、不思議に近しいものとして感じられました。

そうそう、本書は『家守綺譚』とリンクしています。
『家守綺譚』を未読でも全く不都合はないと思いますが、知っていたらちょっとオイシイのではないでしょうか。
本書も『家守綺譚』と同じで、常ならざるモノ、神秘のモノ、が登場します。 『家守綺譚』ではそれは「あやかし」的な存在(霊だったり、妖怪のようなものであったり)でしたが、本書ではそれは「神」という名で呼ばれることが多いですね。

ほとんど同じものを指しているように思われるのですが、名前が違えば在り方も変わる?なかなか興味深いところでした。

また、文中では「神」についての論争もたびたび登場します。
それぞれの考え方にお国の違いが見られますが、この作品の登場人物たちは、決して自分の考え方を相手に強制しようとはしません。
お互いにお互いの文化を尊重し、小さな下宿屋にはひとつの理想の形がありました。

村田にとっても、恐らくはオットーにとっても、ディミィトリスにとっても、ムハンマドにとっても、ディクソン夫人にとっても、鸚鵡にとっても、もっとも騒がしくも輝かしかった土耳古の日々。
しかし、不穏な世界情勢が、彼らを彼らのままにしておくことを許しませんでした。
前半が幸せであればあっただけに、雰囲気の変わった後半が辛いものに・・・。最後はうっかり泣いてしまいました。

読了日:2006年9月10日

2006-12-31-Sun-11-15

私が語り始めた彼は

私が語りはじめた彼は/三浦しをん/新潮社

さてお話は、ずばりしをん版「藪の中」。
村川という大学教授について、彼に関係した人々が語り手となって物語ます。
村川という男に関係した人々の六つの話。
直接村川について語っているのではない話もありますが、
村川という「夢見がち」で「さびしくて繊細なひと」は、そのまま純粋な「愛」を表していると思われるので、やはり村川についての話だといえるでしょう。

作中で村川の人物像が直接語られることはありません。
最後まで読んでも釈然としない部分もあります。彼は節操のない人間としか思えないけれど、それでも極めて魅力的には違いない男なのです。
エゴイズムでロマンティスト。無責任だけど義務は果たす。
さびしくて繊細。変化を恐れて不変を求める。甘い部分だけを求め、いつまでも夢見がち。
村川=愛、だと思うと納得できてしまうのです。

そしてラスト、村川の弟子であった三崎は思います。
「私は先生がたどりつけなかった場所を目指そう。(中略)
愛ではなく、理解してくれ」と。
そしてそのために「きみと話がしたい。きみの話を聞かせてほしい」と。

「愛ではなく」というところに、すごく反応してしまいました。
この作品中の2人の主人公(男)は、お互いのパートナーを激しく愛し、求めはしません。それよりも 「淡々と」関係していくことを望んでいるのです。 これもまた「愛ではなく」ということでしょうか。 とくに「2残骸」では、変化していくものということについて語られており、先日読んだ「ロマンス小説の七日間」にも相通じるものがあります。

「愛ではなく、理解を」。
重い言葉です。
ちなみに仏教では「愛=執着」という意味だそうですよ。
ふぅん・・・。

読了日:2006年9月6日
2006-12-31-Sun-11-11

ロマンス小説の七日間

ロマンス小説の七日間/三浦しをん/角川文庫

ロマンス小説の翻訳を仕事にしている主人公・あかりには、半同棲中の彼氏・神名がいる。熱愛ラブラブというわけではないけれど、それなりにいい関係を築いていた。
しかしある日、神名が突然仕事を辞めたという事実を知る。
しかも、飲み屋の常連は知っていたというのに、あかりだけが知らなかったのだ。
さらにある日には、神名が近々海外への長期旅行を計画しているということも知らされるが、それもやっぱりあかりだけが知らなかった。
度重なる意思のすれ違いに、あかりは暴走する。
そしてそれに伴い、あかりの翻訳作業も暴走する。

ロマンス小説は次第に原作のレールを大いにはずれ、
「だってこのヒロインちっとも動かないんだもの」というあかりの手によって、超訳を超え、ほとんど創作小説の様相を呈す。
ヒロインと結ばれるはずだった騎士は死に、死ぬはずだった従者がヒロインに襲われる。
果たしてあかりと神名の出す結末は?
「ロマンス小説」は無事完結するのか?
というお話。

要するに「あかり編」と「ロマンス小説編」が交互に書かれる二部構成になっているところが特徴で、最初は真っ当に翻訳していたはずの王道コテコテロマンス小説が、主人公の心理状態の変化に応じて暴走しだしてしまうところに面白さがあるんですよね。

文庫発売当時、私はてっきり「三浦しをんが恋愛小説?うーん、それってどうなの」と思って手を出さなかったのですが、(作者本人が、とてもとても恋愛から縁遠いということを赤裸々にエッセイで語られているので)読んでみると、たしかに三浦しをん的でありながら、それでいてちゃんとそれなりに「恋愛モノ」でありました。
すでに半同棲カップルでありながら、「2人とも自分が一番好きな者同士だから上手くいくんだ」というなんとも煮え切らない主人公カップルが、三浦しをんの描くカップルとして説得力を感じます。
また、主人公の幼馴染・百合は、もてないわけでもないのに28年「お付き合いというものをしたことがない」という人物。
これもまた、私なんぞにはとても共感してしまうキャラクターで、作者の自己投影かな?とも思いました。

物語の最後、暴走した「ロマンス小説」は、ヒロインと従者、そして死んでしまった騎士の三人の愛こそが幸福の形であった・・・という雰囲気で幕を閉じます。
そしてあかりと神名の2人も「これから先のことは分からない、だからいいのだ」といっていつもの2人の関係に戻ります。
一応はハッピーエンド・・・でしょうか?
そうともいえる。でもそうだと言い切れるラストでもないでしょう。
数年後、神名が帰った時に、あかりは今と同じままで神名を受け入れられるとは限らないし、そもそも神名があかりのところに帰ってくるかどうかも分かりません。
お互いにそれを分かっているからこそ、「帰ってきたら・・・」なんて話はしないのでしょう。

これが、三浦しをん的恋愛小説なんですねー。ひねくれてるような、いや極めて純愛のような。
なんだか納得してしまいました。

読了日:2006年8月23日
2006-12-31-Sun-11-01

仮面舞踏会

仮面舞踏会/ウォルター・サタスウェイト著・大友香奈子訳/創元推理文庫

物語の舞台は1923年のパリ。
アメリカのピンカートン探偵社所属のフィル・バーモント調査員は、フォーサイスという裕福な出版業者の自殺の真相を探るべく、はるばるパリを訪れた。
一方、新米調査員であるジェーン・ターナーもまた、同一の事件を別方向から調査するため、フォーサイスの親族一家に、家庭教師として潜入していた。
同じ事件に関わっているとは知らずに調査を進める二人。
そんな二人が出会うのは、イギリスの某有名女流推理作家やヘミングウェイ、スタイン、エリック・サティにピカソ・・・等々。

華の都パリを舞台に私立探偵が活躍する、どこか懐かしい雰囲気の時代ミステリ。いや、ミステリ・・・というよりも、冒険活劇といったほうが本作の持つ味わいにハマっているような気もします。

フィルの現地での相棒役・アンリ・ルドックはお洒落でグルメな“いかにも”パリジャン。そんな彼と“アメリカン”なフィルとの掛け合いもおかしみのひとつです。
(ワインや食事にこだわらないフィルをアンリが嘆きまくったり)
また、作中にやたらと登場するカフェやレストランでの飲食シーン、芸術家たちのサロンの様子などもいきいきと描かれ、まるで映画のシーンを見ているように情景が浮かびます。
一方のジェーンが出会う人々も優雅なアメリカ人だったりフランス貴族だったり、当時の欧米上流階級人の豪奢な暮らしぶりにうっとりです

私はこれを紹介文にあるような「ユーモアミステリ」というより、古きよきパリの雰囲気を気軽に味わう軽めの雰囲気小説(←造語?ストーリーよりも舞台や設定のほうに旨みを感じる作品・・・といいたかった)として楽しみました。
あ、勿論犯人探しも「そうきたか」ってかんじではあったんですけどね。

個人的には当時のパリには「レズビアンが多かった」なんて書いてあったのが事実かどうか気になりました。
まぁ、平和で豊かな暮らしが続けばそういう方向に食指がいくもの、でしょうか。そう思えばあながち大げさでないのかも。
デカダンに憧れる少年なんてのも登場しましたしね。
あとはヘミングウェイの人物像にちょっと笑いました。
一挙手一投足ごとに周囲に災いをもたらす破壊の帝王・・・笑えます・・・。

読了日:2006年7月29日
2006-12-31-Sun-10-58

ダ・ヴィンチ・コード

ダ・ヴィンチ・コード/ダン・ブラウン著、越前敏弥訳/角川文庫

ダ・ヴィンチが名画に残した謎からキリスト教の根本にまつわる秘密を解き明かすミステリー。映画にもなった世界的ベストセラーですね。
(映画は未見なのですが、キャストは知っていたので、各登場人物に映画版の俳優さんを当てはめながら読んでいきました)

まず思ったことは、「思ってたより大味!」ということ。
もっとこう、キリスト教、美術史、フリーメーソン等の歴史に関する薀蓄が延々と語られる重厚なお話かと思っていたのに、だいぶん噛み砕いて語ってくれていました。
西洋史、ましてキリスト教についての知識はほぼ皆無なので、分かりやすかったといえば分かりやすかったのだけど・・・ちょっと肩透かし感はありましたね、正直。もっともっと衒学趣味に満ち溢れてるのかと思ってたもので。まぁそこが「世界的ベストセラー」になった重要なポイントなのだろうな、とは思います。

ダ・ヴィンチの名画に秘められた謎、
ルーブル館内での殺人などのキャッチ―な題材に、
テンプル騎士団やフリーメーソンなど、歴史の表舞台には出てこない部分でもって色づけしてみたところが「うまいなぁ」というかんじですね。
普段ミステリなんか読まないような人も、ダ・ヴィンチやキリスト教の謎、なんてフレーズで食いつきがいいだろうし、私のように捻くれた本読みも、秘密結社なんて言われると興味をそそられますもん。

「大味」だとは思いましたが、同時に一気読みできるスピード感も感じました。これって実は正味2~3日間の出来事なんですよね、半分くらいまでは一晩のうちの出来事なわけです。すごい一夜だ。

ミステリとして、死に瀕した館長があそこまで手の込んだことをするか?とか、
ファーシュ刑事とアリンガローサ司教の関係は?とか
(ファーシュ刑事はオプス・デイの信徒だったってわけ?)
キリストの子孫って、何世代目よ・・・実際無理だろ・・・とか

まぁいろいろ突っ込みどころはあるのでしょうけど、
ちゃんと最後はオチがついたわけで、エンタメ作品としてはなかなかよかったかな、と思いました。たしかに映画にしがいのある作品ですね。

キリスト教の知識がほとんどない私にとっては「へぇ~」の連発でしたし、何より「シオン修道会」というものが実在のもので、ジャン・コクトーまで入っていたとはびっくりでした。
あとはディズニーも女神信奉者とか・・・ディズニーを見る目が変わりそうです。(でもコレどこまで信じていいんだか心配ですけど・・・)

もっともキリスト教に造詣の深い方にとっては「何を今更!」というかんじなんだろうな、というのも感じました。今更そんなことをショッキングに言われても~というかんじでしょうか。キリストとマグダラのマリアの婚姻関係については昔からあった説らしいですしね。

しかしリー・ティービングのイアン・マッケランはハマリ役!
「サー」だしね、映画みていないのに、ティービング役のサー・イアンが目前に浮かびましたよ。
映画は・・・テレビ放送したら、見ようかな、と思います。

読了日:2006年7月22日
2006-12-31-Sun-10-55

重力ピエロ

重力ピエロ/伊坂幸太郎/新潮文庫

刊行時、いろいろな媒体で褒められていた本書。
「心震える」とか「溢れる涙」といった常套句で煽られることが多かったように思いますが、読んだ感想は・・・・じんわりとはしたけど、泣きはしなかったな、というところです。
それは決して批判ではなく、逆に本作で繰り返し述べられる「本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」ということに符合しているのだといえます。

ストーリーは、遺伝子関係の仕事をする主人公「泉水」、落書きの清掃を生業にする弟「春」、癌で入院中の二人の父、この一家を軸にした謎解きもの。
一見円満なこの一家には、実は触れてはならないタブーがあった。
それは、「春」が今は亡き母親がレイプされた末に生まれた子供だということ。
それは近隣の住人も知るところであり、兄弟も長じるにつれて知る事実となった。
しかし母も父も平等に二人を愛し、慈しんで育てた。
「春が笑えば家族は幸せだった」と、泉水が繰り返し語るように。

ある日、春が泉水に放火事件が頻発していることを話す。
そしてその現場の近くには必ずひどい落書き(グラフィティアート)があるということも。
何らかの関連性があると言い張る春に、「考えすぎだ」という泉水。
しかし推理小説好きの父(入院中)まで乗り気になり、いつのまにか泉水本人も連続する落書きと放火事件の謎を追いかけるようになっていく。
暗号めいた奇妙な符号、謎の美女までが現れ、事件は複雑に絡み合う・・・。

というお話。
テーマはずばり「家族」であり、また罪とは、殺人とは、許すとは?ということでもあります。

本作の出だしは「春が二階から落ちてきた」という文章から始まるのですが、この文章がとても綺麗で印象的。
解説の北上次郎さんも言及されていますが、伊坂さんは同じ言葉を繰り返し用います。
それが読み手にとても強い印象を与えるのですよねー。
本作中にも格好いい言葉がたくさん出てきました。
そのうち「伊坂語録」が出来ますね。
もしかしなくても自分で書き留めている人だっていそうです。

北上さんの解説は頷くことばかりだったのですが、特に納得したのは主人公の造形。
どこか達観し、飄々とした雰囲気をもつ伊坂キャラクターの中で、主人公の泉水だけは平々凡々とした人物像になっています。
それは弟・春(容姿端麗、芸術的才能あり、時折とっぴな行動をおこす)と対比させるためでもあるのでしょうが、この泉水の人間臭さが、伊坂作品のもつ浮世離れ感に歯止めをかけ、この作品を「家族物語」に落ち着かせているのだと思います。
(もちろん北上さんの言うとおり、泉水だって決して平凡な人間ではないのですが)

個人的にはエンディングの手前、泉水が仙台銘菓を春に手渡すところにニヤリとしました。
伊坂さんの、こういうところが好きなんです。
ちょっとはぐらかす、というか、変化球というか。
まさに「大事なことを陽気に伝える」なわけですね。

タイトルの「重力ピエロ」は、説明しようとしても「読んでください」としか言いようのないものですが、人生には確かに重力から解き放たれる瞬間があるのだと、信じたい気持ちになりました。

読了日:2006年7月7日
2006-12-31-Sun-10-30

夜市

夜市/恒川光太郎/角川書店

友人の透子さんから回ってきました。
彼女いわく「独特の世界を築ける作家」さんだということで、自ら積極的に読むことはないだろう「日本ホラー小説大賞受賞作」を読んでみることに。
読んでみると、いえいえこれはホラーというよりは幻想小説。
なので、臆することなく読めました。

あらすじは、こう。
大学生のいずみは、高校時代の同級生・祐司から「夜市」に行こうと誘われる。二人で出かけた岬の森では、確かに「夜市」と呼ばれるものが開かれていた。
それはこの世のものならぬ市。
一つ目ゴリラが刀を売り、棺桶職人の前に腐乱死体が立ち尽くす。
髪の変わりに植物を生やした少女が語る、「ここに迷い込んだら、買い物をするまで出ることはできないの」。

一体どういう理由でこのように恐ろしいところに連れてきたのかと祐司に問いただすと、彼は幼い頃の思い出を語りだした。

「自分は子供の頃、弟と引き換えに野球の才能を買ったのだ」、そして「弟を買い戻すためにここへやってきたのだ」と。

現実と異界の世界を描いた幻想的なオカルト小説。
最初に「ホラーではない」と思った、といいましたが、読みすすめるうちにだんだん怖く、そして悲しくなってしまいました。
ネタバレを避けようと思うと、言いたいことがいえなくなってしまうのですが、前半では兄である祐司サイド=現実サイドが、後半では弟サイド=異界サイドが軸として語られます。
この弟の話が切なくて、悲しくて。

今市子の『百鬼夜行抄』も現実と異界にまたがる話で、ヒューマンな中にも時折「こちら(人間世界)はこちら、あちら(異界)はあちら」というように、ふたつの間には明確なボーダーがあるのだということが示されますが、『夜市』もその通り・・・いえ、それ以上。

兄と弟の世界が一夜の「夜市」によってはっきりと分かれてしまったのだということ、たとえ再会したとしてももう元には戻らないということが、残酷なまでにはっきりと語られます。

それは同時収録の『風の古道』も同じ。
こちらは友人とともに異界の道に足を踏み入れてしまった少年の話なのですが、「いったん入ってしまったからには簡単には外に出られないのだ」ということが終始語られます。
何も知らずに外からやってきた少年は、友人とともに脱出を目指す。
それを支える青年は、異界のものであるために外に出ることはかなわない、何があっても。

ファンタジーであるというのに、(だからこそ?)時に容赦のないほどはっきりとしたルールがある「異界」という世界。
どこか民俗学的な雰囲気もする、日本的・土着的な幻想ファンタジーです。
作者の中には、すでに確固とした世界観が成立しているのでしょう。
和風ファンタジーが大流行の昨今ですが、恒川さんの描く異界はシビアなだけにリアリティが感じられます。
他とはちょっと違う雰囲気を持った作家さんでした。

読了日:2006年6月25日
2006-12-31-Sun-10-01

春季限定いちごタルト事件 氷菓 愚者のエンドロール

春季限定いちごタルト事件/米澤穂信/創元推理文庫 
氷菓/米澤穂信/角川スニーカー文庫
愚者のエンドロール/米澤穂信/角川スニーカー文庫


青春ミステリの書き手として若い世代を中心に人気のあるという米澤穂信を友人に借りて3冊一気読みしてみました。
うーん、なるほど「青春ミステリ」ね。
どちらかといえばミステリ<青春、という印象です。

実はだいぶ以前に『さよなら妖精』を読んだことがありましたが、その時ミステリフロンティアシリーズにもかかわらず、「これはミステリではないなぁ」と思ったをよく覚えています。
好んで読みはしますが、さほどのミステリ中毒者ではない私にとって「ミステリっぽくない」ことは必ずしもマイナス評価には繋がらないのですが、しかし、どうも私は米澤さんの作品世界にはハマれないようです。それは今回の3冊を通しても変わりませんでした。
あ、ミステリかどうかという点においては今回の3冊はれっきとした謎解きものではありましたが。

米澤作品に共通している点(現時点で4作品しか読んでいない者の戯言ですので念の為)は、主人公の造形にあります。
まず高校生の少年であること。
賢いが、それを前面に押し出すようなタイプではないこと。
(↑もちろんこれはガッコウのオベンキョウが出来る、ということではなくて)
群れるよりも一人で思索することを好みがちな、同年代の中にいると若干浮いてしまうようなキャラクターです。
さらにヒロインは一見大人しそうだけれども実は風変わりな少女であり、主人公の友人達も総じて主人公と対等に知的レベルが高そうなキャラたち。

周囲から突出しないよう勤めているくせに、埋没することが出来ない主人公。 他人や社会を覚めた目でながめ、一定の距離感を保とうとする言動というのは、ちょっとひねこびた学生時代を送った人なら身に覚えがあるのではないでしょうか?
クールに振舞う主人公の言動は、同い年から見れば大人びた雰囲気を感じるでしょう。 しかし大人から見れば、それは子供が大人ぶっているようにしか見えないのです。
わかっていないくせにわかったような物言い、書物から得ただけの知識。なんでも知っているような顔をして、本当はまだまだ知らないことだらけなんです。

米澤さんの作品には、そういう、己の(目を背けたいような)若い頃というのを感じ取ってしまうのです。
あぁ、恥ずかしい。

勿論、それは逆に思春期をリアルに描いているからだということもいえます。確かに共感する部分も大いにあるのです、彼らには。

いろいろ御託を並べたところで、結局は主人公を好きになれるかどうかということ。
クールぶってるくせに青臭い主人公を好意的に見れるかどうかが米澤作品のポイントかしら、と思います。

一般文芸書にしてはキャラが立ちすぎのような気もしますし、ライトノベルだと思って読むと物足りないかも。
ミステリだと思ってよむと肩透かし感をくらうかもしれないですが、青春物語だと思って読むと「これってミステリ?」と思うかも。
そんなかんじのボーダーレス作家さんだなぁ、という印象です。

読了日:2006年6月3日
2006-12-31-Sun-09-50

薔薇の木枇杷の木檸檬の木

薔薇の木枇杷の木檸檬の木/江國香織/集英社文庫

いろいろな大人の女性のいろいろな恋のお話。
沢山の女性によって視点が目まぐるしく変わりますが、慣れたらあまり気になりません。恋愛小説をあまり読まない私にとっては、その趣向が単調になることを防いでくれて、ありがたかったです。

登場するすべての女性が主人公で、一見無関係に見える沢山の登場人物がリンクしています。
いろいろなパターンの大人の男女を見せてもらったというかんじ。
私の周囲には(よくも悪くも)自分と似たような価値観の人間が多いので、興味深く読めました。
基本的に「恋愛小説」は読む気にならないのですが、恋愛に生きる江國香織作品はまったく別世界のお話として楽しんでいます。
(もっとも、恋愛色がないほうがより好みなのですが)
登場人物に生活感がないかんじも私にとっては逆にプラス。
生臭いのが苦手なお子様なのですので。

リアルな恋愛はどうしたって恋愛以外の雑多なものが絡んできますよね? 江國作品はそのような恋愛以外のものごとを排除しています。
限りなく恋愛のみに焦点をあてている彼女の恋愛小説には、逆にファンタジックな雰囲気すら感じるのです。
そう、江國香織の恋愛小説は私にとってはもはやファンタジーなんですよ。つまるところは。

読了日:2006年5月4日
2006-12-31-Sun-09-45

名探偵症候群(シンドローム)

名探偵症候群(シンドローム)/船越百恵/光文社カッパノベルス

「才気走る妄想!新世代作家、待望の最新刊」という帯の文句に惹かれて読んでみました。
名探偵になりたがりな人たちがいっぱい出てくる、JDCみたいなのだったらついていけないなぁ、と思っていたのですが、全然問題なかったですね。

32才の独身の女性編集者が主人公。彼女の一人称で話が進んでいくのですが、彼女のテンション高めな語り口、思考の飛躍が面白くて、ぐいぐい読まされてしまいます。
キャラクターも無駄に濃く、これはシリーズ化を狙っているかと。

さて、幼馴染の結婚式直前という時期に男に振られたヒロインはパートナー不在で出席するわけにもいかず「エスコートサービス」なるものを利用してその場をしのごうとします。
果たして現れたのは、天使の美貌をもつ男、刑部芯。
俄仕立てのパートナーとしては立派過ぎる美形と共に幼馴染の結婚パーティーに乗り込んだのはいいものの、次々と不穏な事故が発生する。そしてついには死体までも。

なにしろ読ませます。
主人公の一人称が面白いものだから、するすると一気読みしてしましました。
キャラ立ちもはっきりしてましたし、ライトノベル感覚ですね。
ミステリとして、というよりはキャラクターの魅力で読まされてしまった感もありますが、面白かったのは確か。 続編が出たら読みたいです。

もっとも、ストーリー云々になってしまったのは、探偵役の刑部芯の描写を読んで連想したのが「オーランド・ブルーム」だったから・・・なんですけども。
だって「天使のような美貌」ですよ!
こんな形容詞が似合う成人男子はオーリか西新宿の煎餅屋さんくらいですってば。ほんとに。

それにしても光文社のこのシリーズはチャレンジ精神を感じます。
ここから新たなビッグネームが出てくるかもしれないですね。

読了日:2006年3月9日
2006-12-31-Sun-09-40

ひな菊とペパーミント

ひな菊とペパーミント/野中柊/講談社

柄にもなく可愛らしい本を読みました。
たまに乙女モード発動します。
確かどこかの書評でいいらしい、という記事を読んだので・・・ 確か嶽本野ばら?が褒めてたような。

さてこれは中学生の女の子が主人公の青春ストーリー。
13才の結花には麻衣という親友がいる。
どれくらいの親友かというと、毎日学校で会っているのに、毎晩携帯で長話をするくらい。
自分より発育のいい麻衣には最近彼氏もできた。嬉しそうな彼女をみるのは結花にも嬉しいことだけれど、正直いうと、少し寂しい。
まるでペパーミントのお茶を飲んだ時みたいに、すぅすぅするかんじ。

そんな麻衣から別のクラスの男の子を紹介されたり、いろいろありながらも楽しい中学生活が続くはずだったのだが、次第に暗雲が立ち込めてくる。
両親の離婚後、二人で暮らしていた結花の父が再婚を考えているらしいのだ。しかも相手は、結花の通う中学校のアイドル的存在・松岡くんの母親。今更新しい家族なんて冗談じゃない、と松岡くんと共謀して再婚を阻止しようとすることから事態はややこしくなっていく・・・。

友情、淡い恋愛がテーマのさわやかなお話。
大人になりかけてはいるけれど、まだまだ両親の存在というのが自分の人生に大きな影響力をもつ年頃の、悩み多き思春期の1ページ、といったところです。

庭付きの広い家に父と二人暮し、プラス大型犬一匹。
別れて暮らす母親とも関係はそれなりに良好で、母は古いけれども大きなマンションに暮らすキャリアウーマン。
家族になるかもしれない年上の少年は学校のアイドル的な存在だけど、すこし考えが足りなくて粗忽モノ。でも実は優しかったりして・・・なんだか、ちょっと前の少女漫画みたいですね。
でもそういうのって結局永遠の少女の夢だったりして?

全体的に、ちょっとないくらい正統派の少女小説というお話だと思いました。
ちょっとだけオシャレな中学生日記、ともいえるかもしれない。
でも言うに言えないオトモダチ関係とか、考えすぎて自分の中でグルグルしてしまう出口のない思考だとか、わりと身に覚えありというかんじもしますね。

おそらく自分が実際中学生だったら、「こんな甘っちょろい話なんか!」と鼻で笑って読まなかったでしょう。
でもあれからはや10年以上が経過した今なら楽しんで読める作品。
リアルタイム中学生にも読んで欲しいけど、これは大人になった女の人が「こうだったよなぁ、こうだったらよかったなぁ」と思いながら読む作品なのかもしれないな、などと思いました。

しかし松岡くんの友達の小川くんのキャラが気になります。
秘密の生い立ちのある、おばあさんと二人暮しの可愛い系美少年・・・て、美味しすぎ。
これ小川くんで一冊書いてもらいたいなぁ。
イメージは小池徹平くんで、というのは妄想です。

読了日:2006年3月6日
2006-12-31-Sun-09-30

針がとぶ

針がとぶ/吉田篤弘/新潮社

クラフト・エヴィング商會の旦那様の小説。
おなじみ連作短編仕立てです。

独り暮らしの詩人の伯母
町で三番目に大きなホテルに勤めるクロークルームの係員
人のこない遊園地の駐車場リーダー
世のすべてのものを扱う雑貨屋
猿をおいかける小説家
ひとり旅をする写真家

今まで読んだ作品の中で一番大人っぽいお話だったと思いました。
登場人物が他の作品とさりげなくリンクしてるのに、ニヤリとします。
あいかわらずの雰囲気に包まれた世界、あらすじを語れない世界です。
不思議とこの人の作品は、日本人の小説というかんじがしないのですよね。 アメリカの作家、ヨーロッパの作家といわれても何の疑いももたないと思います。不思議。

ところで今日は蓮根を買って、オリーブオイルで炒めてみました。

詩人の伯母さんのマネです。
我ながら単純。でも美味しかった。

読了日:2006年2月27日
2006-12-31-Sun-09-28

陽気なギャングが地球を回す

陽気なギャングが地球を回す/伊坂幸太郎/祥伝社文庫

個性的極まりない四人の銀行強盗たちが、自分達の収穫(四千万!)を横取りされたことからはじまるサスペンス。

人間嘘発見器である市役所係長、バツイチ。
喋りだしたら止まらない演説の達人、自称喫茶店店主。
若き天才スリ、骨の髄までの動物愛好家。
完璧な体内時計を持つシングルマザー、普段は派遣社員。

一見どこにも共通点のないように思われる四人が、信じられない二回の「偶然」によって、特別な目的のないままに銀行強盗を決行することになる。

いつも通りに仕事をこなし、あとは首尾よく逃走するだけのはずが、突然現れた現金輸送車襲撃犯によって、現金四千万を強奪された。
このままで捨て置いて為るものか、と奪還にのりだすものの、襲撃犯のマンションには謎の死体、おまけにいつも冷静なシングルマザーも様子がおかしい。
読者は翻弄されるまま、すみやかに美しい結末へと導かれる。

とにかくスピーディー、作中には四人が出会うきっかけとなった事件もはさまれていて、一冊でふたつの話を読んだような気になりました。
(あっさり描かれていますが、出会いのエピソードだけでも充分一冊の本になりそうなくらいです)
読後感は、超・爽快。

軽妙な語り口、ユニークな登場人物、テンションの高い中にも、
自閉症の子、足の悪い子、いじめる子、動物>人間な考え方・・・などなど、伊坂らしいストレートなメッセージもちゃんと含まれています。

実はあんまりメッセージ性の強いものは引いてしまうのですが、伊坂の作品だとするっと入ってくるんですよね。 さりげなく、押し付けがましくないからでしょうか。
軽すぎる・・・と思う人もいるかもしれないけれど、これで重っ苦しかったらちょっと説教臭すぎるかも。私的にはこれくらいで丁度いいかな、というかんじです。
映画もいいらしいですよ。(未見)

読了日:2006年2月21日


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